会社はディスコで、デスクはブース。箱DJ、廣田征己さん。
“個性”はいらない。時代に応じてサービスの曲もフレキシブルに変化させる。シティポップブーム以前は、店でかける日本の曲というとクック・ニック&チャッキーの「可愛い人よ」くらいだったが、昨今は若年層や海外からの客も増えたことで竹内まりやの「プラスチックラブ」も、BTSの「ダイナマイト」もかけているらしく、そのサービス精神に頭が上がらない。 厳しいことでいうと、お酒もひとつだ。客からお酒をいただくと、店の売り上げにつながるから、従業員はできるだけ断りたくないもの。廣田さんはそこまで苦ではないというが、よく飲まされるときだとビール5杯、テキーラ5杯、バーボンロック3杯、シャンパンも加わってくるのだとか。毎日何時間も飲まされるのは、週一回のゲストDJとは比べものにならない大変さに違いない。タフでなければ箱DJは務まらない。 「翌日ブースに入ると、散らかっているレコードを見て、あれ、こんなんかけたっけ?って思うときがあるんです。記憶が飛んじゃってるんですよね(笑)お酒はまあ大丈夫ですが、たまに風邪をひいてしまったときは大変。この前、僕が欠勤して仕方なくバー営業にした日があったんです。踊れないというと、何人かは帰ってしまったみたいで……。でもしんどいことばかりではないですよ。コロナ禍でも給料を出してもらえていたし、DJには珍しい、安定があったりもしますから。もしここがクローズしたら、似たようなところを探すしかないけど、こんな店は他にない。自分が元気な限りはここにいて『マジック』を銀座の老舗にするのが目標です」。
『マジック』がクローズしたら箱DJのカルチャーは完全に失われるといっても過言ではないだろう。手仕事の最後の職人のようですね、と伝えたら、笑顔で一言。「あの狭いブースの中で死にたくはない。お客さんに引きずり出させるわけにはいかないんで(笑)」とやっぱりお客様ファーストな廣田さん。 取材終わりの帰り道、『マジック』が無くならないようにもっと店に遊びにいかなくてはいけないと自分に言い聞かせ、ハッとした。 “人”ではなく“箱”に客をつかせる箱DJの神髄を、身をもって体感させられたのだった。
インフォメーション
GINZA MAGIC 全国にも数少ない貴重なリアルディスコ。’70年代、’80年代のディスコサウンドを中心にDJ廣田さんがフルボリュームで選曲。ダンスフロアのあるダイニングバーでもあるので、踊れなくても心配ご無用。音楽好きなら大歓迎、大先輩との飲みにもお薦め。 ◯東京都中央区銀座7-7-9 銀座山市ビル1・2F photo: Keisuke Fukamizu, text: Toromatsu, edit: Kosuke Ide
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