体操の内村航平が引退会見…”キング・コウヘイ”にとって五輪で獲得した3つの金メダルは何だったのか…3.12に異例引退試合
「あれは本当に難しい技で、個人総合でトップを維持するためには安定させることが難しいと、全日本の一回だけで判断して僕はやめたんですけど。3年後にそれを軽々と成功させる坊主が現れて、こいつはどうなっているんだという気持ちで見ていました。悔しいという気持ちよりも、こいつは本当にすごい選手だと」 体操ニッポンの歴史を背負いながら、何度も共闘してきた白井さんへの敬意が込められた内村のコメントからは、スペシャリストよりもすべての種目をハイレベルでこなせる、究極のオールラウンダーにこだわり続けた矜恃が伝わってくる。 種目別の鉄棒だけに絞って出場した昨夏の東京五輪に対しても、内村は「もう6種目では代表を目指せないので、鉄棒で目指しただけです」とあらためて振り返った。 「6種目をやってこそ体操だという思いがあるので、僕としてはどんな状態でも、絶対に6種目をやりたいと思って実際に練習もしていた。あとは心の底から体操が好きなんですよね。最後は鉄棒だけやって終わるのも、自分が自分じゃないような気がして」 演技中盤のひねり技で落下し、まさかの予選落ちに終わった東京五輪から必死に気持ちを奮い立たせて臨んだ世界選手権の種目別鉄棒で6位に入賞。追い求めてきた美しい着地を完璧に決めたものの、それでも内村の心の片隅に巣食い続けた不完全燃焼の思いは、体操選手では異例の開催となる引退試合へとつながっていく。 引退会見の最後に、3月12日に東京体育館で「KOHEI UCHIMURA THE FINAL」が開催されると発表された。採点なしのエキシビション形式ながら、苦楽をともにしてきた現役や元現役の選手たちも参加予定の舞台で内村は6種目に挑む。 もともとは2年前に自身の名を冠した大会の開催を準備していたが、新型コロナウイルス禍が考慮されて中止とした経緯があった。引退試合と銘打った上であらためて開催を決めた理由もまた、個人総合に注ぎ続けたこだわりにあった。 「僕自身はオールラウンダーとしてずっとやってきたので、本当に最後の最後は6種目を全部やって終わりたい気持ちがあった。なので、全身が痛い身体にむち打ってやろうかなと。東京オリンピックの代表になるよりも、さらに苦しい練習をするのかと思うとちょっと憂鬱になりますけど、そこまではしっかりやり切りたいと思っています」 昨秋の世界選手権までの自分を「競技者」と呼んだ内村は、愛してやまない体操に関わり続けていくこれからの自分を「演技者」と引退会見で位置づけた。終わりであり、同時に新たな第一歩を踏み出す引退試合で個人総合の素晴らしさを後輩たちへ、そしてファンへ伝えるために、満身創痍の身体をいまひとたび奮い立たせる。 (文責・藤江直人/スポーツライター)