家康家臣の立場で秀吉を叱り飛ばし、利根川の流れも変えた!? 埼玉県伊奈町の由来になった武将とは…<インフラ工事の神>が残した偉業の数々
◆伊奈町の自治体名の由来 忠次さんだけでなく、事業を受け継いだ息子の伊奈忠治も河川工事のスペシャリストで、栃木県から茨城県に流れる小貝川に洪水対策と農業用水のための「山田沼堰」を築造。この堰はのちに下流へと新たに設置されて「福岡堰」と呼ばれ、現在も用水路として使用されています。 そのため伊奈忠治は、福岡堰の東にある伊奈神社に祭神として祀(まつ)られていて、父・忠次さんと同じく、茨城県のほうの伊奈町の自治体名の由来となっています。 茨城県伊奈町は2006年(平成18)に合併してつくばみらい市となりましたが、埼玉県伊奈町と茨城県つくばみらい市は伊奈親子繋がりということで、現在、友好都市提携が結ばれています。 さらに伊奈忠治は、埼玉県川口市にあった赤山陣屋(赤山城とも)を拠点にしたことから、赤山陣屋跡の赤山歴史自然公園や川口駅の東口のビル、キュポ・ラに像が立てられています。 ちなみに忠次さんのお墓は、領地の一部だった鴻巣の勝願寺にあり、妻や息子の伊奈忠治夫婦のお墓も並んでいます。 伊奈親子のお墓以外にも、本多忠勝の娘で真田信之(幸村の兄)の妻となった小松姫(こまつひめ)や、漫画『センゴク』の主人公となった仙石秀久のお墓もありますので、ぜひご参拝いただければと思います。 ※本稿は、『どんマイナー武将伝説』(柏書房)の一部を再編集したものです。
長谷川ヨシテル
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