躍動感のある戦場のような厨房シーンは必見! エミー賞最多10冠を達成した大ヒット作ドラマ。
第75回エミー賞最多10冠を達成した大ヒット作『一流シェフのファミリーレストラン』。英題では『The Bear』なのに対し、この邦題だとまるでほっこり系?のようなイメージを持たれ、コアな映画ファンやドラマファンにスルーされてしまっているかもしれない……。 突然だが、チャイルディッシュ・ガンビーノの大ヒット作『This is America』を覚えているだろうか? MVの冒頭では、上半身裸で無表情のガンビーノがリズムに乗りながら、頭に袋をかぶらせられ、手足を拘束された男性の頭を銃で撃ち抜くという衝撃的なシーンから始まる。 アメリカで実際に起きた黒人への暴行事件や銃乱射事件をほうふつとさせるようなシーンを取り込み、それを撮影する子どもたち、「これがアメリカだ」とリリックを繰り返す。6年前に発表された作品だが、今も再生回数は伸び続け、2024年9月現在9.2億回も再生されている。最高にクールな楽曲のトラックはシンプルながらもリリックは力強く、考察が飛び交い世論を巻き起こし、楽曲の評価も非常に高い作品だ。 そんな『This is America』のMVをディレクションしたHiro Muraiがクリストファー・ストーラーと共に初のドラマ作品の製作総指揮に参加した。 それならばほっこりするはずがないという期待をゆうに超え、シリアスで泥臭く、静と動を使い分ける巧みなカメラワーク、個性的なキャストらの卓越した演技力、エミー賞を多数受賞した功績に納得の作品だ。 ニューヨークの三つ星レストランで働いていたカーミーは、兄マイケルの死をきっかけに故郷であるシカゴに戻り、『The BEEF』というサンドイッチ店を引き継いだ。 店は借金まみれ、金の無心と闘う毎日、元々いた従業員とやり方の違いで口論が絶えない。店内は古びて清潔感もなく、何かと修理が必要で、食材も、厨房も、調理道具も、三つ星レストランとは大違いだ。 料理の腕は確かなカーミーだが、経営に関してはまるで知識がない。経営難でありながらも高級食材を求めたり、失敗したら一からやり直せという徹底ぶり。そこへ名門料理学校出身のシドニーが、カーミーの才能に惹かれ、働きたいと店を訪ねてきた。 想像とは違う現場に驚きを隠せなかったが、カーミーへの憧れは変わらない。すぐさま事業計画書を作成し、ジェレミーや仲間たちとともに『The Beef』の立て直しに奮闘する。 元々いるスタッフたちは新しいやり方に順応できない、したくない、でも変わらなければならない。うまくいかないことにいら立ちは積み重なり、やがて張り裂けてしまう。変わりたい――。そう仲間を納得させたのは、並ならぬ努力を重ねてきたカーミーの実力と、料理に対する情熱。そして、何よりも必要だったのは“リスペクト”だった。 お互いのリスペクトなしではやりがいを感じられない。成長している実感が彼らに自信を与え、もっと高みを目指そうという気にさせたのだ。 『The Beef』の仲間たちは冗談を言ってばかりで、すぐ喧嘩もする。怠けて大惨事になったり、意固地になって素直になれなかったり、癖の強すぎる者ばかり。そんな彼らをまとめあげるカーミーは、過去のパワハラによるトラウマや、自殺した兄のこと、不安定な母のこと、抱えきれないほどの問題を抱えている。 その悲しみと向き合いながらも「料理で人を幸せにしたい」。そう思う気持ちはみな同じで、お互いを支え合いながら前進してゆく姿に心が動かされる。 躍動感のある戦場のような厨房シーンは必見! 舞台演出のような会話劇も、役者の演技力が光る長回しも、MVのようなアーティスティックな映像演出も、見どころが常に絶えることはない。 『一流シェフのファミリーレストラン』はディズニー+でシーズン3まで配信中。 Text:Jun Ayukawa Illustration:Mai Endo
朝日新聞社