大川内直子 会社は「部族」? 文化人類学をビジネスに生かす
既存の調査と人類学調査の違い
これまで日本では「リサーチ」というと、アンケートによる量的調査が中心でした。例えば、ある会社が自社製品のニーズについて調べたいとき、年代別、性別の1000人の消費者にアンケートをすれば、ひとまず「○%のユーザーが満足している」という結果が得られます。調査を行う前からある程度の予測を立て、実際の調査結果が出れば、それを客観的なデータとして用いることができます。 しかし、文化人類学の調査は探索的調査とか仮説生成的調査と呼ばれ、やってみないと何が出てくるかは分かりません。消費者に密着して、生活スタイルを観察することで、思いもよらなかった新商品のアイデアや、現行品を改善するヒントが得られることがありますが、期待通りの結果が得られない可能性もあります。この点は新たな発見を得られる可能性があることとバーターだと私は思っており、クライアントに事前によく説明し、同意を得たうえで調査を開始します。 日本では通いが多いですが、一般家庭に泊まり込んで観察することもあります。家電メーカーであれば、「リモコンはどこに置いているか」「夫婦間で快適と感じるエアコンの温度は違うのか」「夫婦間で快適な温度が違う場合はどうするのか」「夫婦間にどんな感情が蓄積されていくのか」──といったことを観察しながら、メーカーと共に「未来に必要なエアコンのあり方」を考えます。 スマホの調査ならば、通勤や通学のとき、一緒に電車に乗って、いつポケットから出すか、何を見ているか、使っていないときは何をしているのか、移動中で使うアプリと家で使うアプリはどう違うのかなど徹底的に観察します。 組織を対象とする調査では、会議に同席したり、社食で一緒に食事をしたりして行動の観察をします。そこで得られたことから、「御社の組織文化はこの部分が経年劣化している」「せっかくの制度が活用されない背景にはこのような実態がある」などと助言も行います。 通常、アカデミックな文化人類学の調査は2年間が一つの目安ですが、ビジネス分野の調査ではなかなかそこまで時間をかけられません。それでもなぜ文化人類学の調査が有効かというと、従来型の調査では見つけにくい、人々の潜在的なニーズや本音を探ることができるからです。 インタビューを行うにしても、既存の調査のように、個室で1回だけ行うのではなく、さまざまな場所・状況で何度もインタビューしたり、他の社員がいる中の行動を継続的に観察したりします。それによって自然な意見や感情をつかみやすくなるからです。