忙しい社会人「一人では学習意欲が湧かない…」 学びのコミュニティを成功させる7原則
キャリア自律の推進などを背景に、従業員が自分で学習課題を設定し、必要な学びを選択する人材育成施策を取り入れる企業が増えています。一方で、学びに消極的な人に対してどのように学びを促せばいいのか、悩む人事は少なくありません。そこで注目したいのが、学びのコミュニティ(実践共同体)という考えです。実践共同体とは、特定のテーマに対する関心や課題などを共有し、その分野の知識や技能を持続的な相互交流を通じて深めていく人たちのこと。組織やチームとも異なる実践共同体は、社内に取り入れることでどのような作用をもたらすのでしょうか。実践共同体に詳しい、関西学院大学 商学部 教授の松本雄一さんに聞きました。
一人学習は「継続」と「学びの広がり」に限界
――松本先生の研究テーマについて教えてください。 大学院に入り研究テーマを模索していた頃、師事していた戦略論の先生から勧められたのが、組織における技能形成でした。一般的なスキル熟達ではなく、心理学や教育学などの側面からどのようなアプローチが有効なのか、というものです。 実践共同体は、認知心理学に源流を持ちます。フィールドワークで組織を観察し続ける中で、技能や実践知の形成がうまいところは実践共同体を築けていることを見いだしたのを機に、場の観察や当事者へのインタビューなどを通じて、望ましい学びのコミュニティのあり方を研究し続けています。 ――近年、キャリア自律の一環で、社内教育や育成体系の見直しを図る企業が増えています。オンデマンド教材を中心に、学びの選択を従業員の自主性に任せる動きをどのようにご覧になっていますか。 前提として、キャリア自律と学びの自主性は両輪の存在にあります。わかりやすい例は、人事考課との関係性ですね。職場で低い評価を受けた場合に、本人が自分で挽回できる余地があるかどうか。何の手だてもないなら、それはキャリア自律とはいえません。その人の能力発揮の機会やスキル向上を、組織が制約する構造になっているからです。従業員にキャリア自律を求めるなら、本人の意志で成長できる仕組みを整える必要があります。 学び方を従業員に任せるときに議論になるのは、主体的に学べる人とそうでない人とのギャップについてです。自分で必要なプログラムを選択し、コンスタントに学び続けられる人がいる一方、いくら人事や周囲が受講を促しても、ポータルサイトへのログインさえしない人がいます。 主体的に学べる人の行動は、確かに素晴らしいものです。しかし、一人では学べない人に問題があると考えるのは早計です。一人で学ぶという行為自体に限界があるからです。 もちろん一人で学ぶことには、さまざまなメリットが期待できます。一つは、自分の好きなこと、興味のあることを誰に気兼ねすることなく、自由に学べることです。仕事と直接関係のないことでも、一人で学ぶのですから他の人にあれこれ言われる筋合いはありません。知的欲求にしたがって、取り組めばいいのです。 もう一つは、学びのペースを自分で決められることです。仕事や家庭の忙しさ、趣味などとの兼ね合いを見計らいながら、学ぶタイミングを検討すればいい。そうした自在さは、一人での学習ならではだと思います。 ただし、周りに干渉されることはないので、自分で学びのモチベーションをうまくコントロールする必要があります。なかなか時間が取れないとき、あるいは少し学びがマンネリ化したときも、一人で何とか乗りきらなければいけない。資格試験など明確な目標がある場合はともかく、よほど自制が利く人でなければ、学びの継続は難しいものです。 そしてもう一つの課題は、学びの広がりをあまり期待できないことです。学習によって得られた知見は、インプットしただけでは消化不良に終わってしまうことが少なくありません。他の人との議論や意見のシェアによる相互作用を享受するには、やはり仲間が必要です。 ――そこで実践共同体がカギを握るのですね。 実践共同体とは、組織内外で学びを構築するコミュニティのことです。(1)ある共通のテーマについて、(2)互いに交流しながら作用し合い、(3)みんなで一定の活動に取り組み実践するという3要素で構成されています。「困難な課題にみんなで取り組んで乗り越える」という一つの体験を通じて、学びと人の関係が深まっていくのが大きなポイントです。大学でのゼミ活動や、部活動をイメージするとわかりやすいと思います。 堅苦しく考える必要はありません。運営全体に携わるコーディネーターの存在は不可欠ですが、参加の度合いもグラデーションがあるのが健全な形です。コーディネーターは共同体をけん引するというより、メンバーを呼び集めたり、個々のアイデンティティーを引き出したり、外部からゲストを招いたりするなど、人と人をつなげる役割を担います。メンバー一人ひとりが主体性を発揮しながら学び、成長する場が実践共同体なのです。 学びのコミュニティ(実践共同体)は、従来から存在するOJTや研修、e-ラーニングなどのOff-JTといった学習方式を否定するものではありません。それぞれに得手不得手があり、オールマイティーな効果を期待できるものはないのです。これまでの人材育成施策に、学びのコミュニティをアドオンすることで効果を発揮できると考えています。