忙しい社会人「一人では学習意欲が湧かない…」 学びのコミュニティを成功させる7原則
人事はセコンド 活動しやすい環境をつくり、共に学び育む姿勢を大切に
――人事はどのように、学びのコミュニティを支援していけばよいでしょうか。 温かく見守る、そのひと言に尽きますね。学びのコミュニティはつくるではなく、育むという動詞がいちばんしっくり来るといわれています。先ほどの評価の話のとおり、わかりやすい客観的な成果がすぐに出るものではありません。たとえば会議室や複合機などの設備を利用できるようにするなど、ハード面の支援もとても大切です。 企業で学びのコミュニティをうまく取り入れているところは共通して、事務局が裏からのサポートに徹している印象を受けます。先日「HRアワード2024」で企業人事部門 最優秀賞を獲得した旭化成の「新卒学部」は、学びのコミュニティづくりを実践している好例です。人事部門が新卒学部の学部長として活動の手引きをしつつ、新卒社員が自主ゼミやオンラインでの集合学習といった主体的な学びの場を運営しています。 【参考】 みんなで学ぶ「新卒学部」 旭化成の新卒社員育成プログラムに学ぶ、自発的な学びを促すラーニングコミュニティのつくり方 https://jinjibu.jp/article/detl/tonari/3630/ 公文教育研究会では、複数のコミュニティを重層型構造になるように設けています。熟達学習や循環型学習の毛色の強い小さなコミュニティから、交流を主とした全国規模のコミュニティまで、指導者の年次やスキルに応じて関わり方を変えながら、孤立させない学びの仕組みを築いています。全国に2万人を越える指導者がいる中で重層型構造を機能させるには、事務局のサポートが欠かせません。 サポートの上手な事務局は、自分たちも実践共同体を通じて学んでいるという意識が強いように思います。例えるなら、ボクサーのセコンドのような立ち位置ですね。真ん中には立たないけれど、コーディネーターや参加者の学び合いの姿を間近で見守りながら、大きな学びを得るイメージに近いでしょう。 ――中小企業など、従業員数が少ない企業でも、学びのコミュニティは成り立つのでしょうか。 もちろんです。中小企業は従業員同士、全員が知り合いであることが大きなアドバンテージです。従業員全員が参加するコミュニティをつくることもできるわけですが、これは大企業には難しいことです。 全員参加型の学びのコミュニティであれば、業務時間中に組み込んだり、時間外でもみんなが参加しているから業務扱いにしたりなど、全社的な取り組みとして設計しやすくなります。 一見、仕事と同じように映るけど、学びのコミュニティでは上下関係もなく、活発に意見を言い合えます。人は舞台が変わると、ふるまいも変わってくるものです。コミュニティであれば、入社したばかりの新人がイニシアチブをふるうこともできます。とはいえ、普段のチームとほとんど同じ顔ぶれでは、ふるまいに制約がかかってしまうので、コーディネーターがうまく配慮する必要があります。 ――学びのコミュニティに興味を持つ読者に向けて、メッセージをお願いします。 まずは一歩を踏み出しましょうと、声を大にして言いたいですね。どうすればうまくいくのかを考えるよりも、小さくてもいいので始めてみるほうが早い。上司に相談するより前に仲間内で活動を始めてみて、こんなにいい作用が生じているとアピールし、会社の公認を得てしまう。それも一つの手だと思います。 会社主導で学びのコミュニティを立ちあげ、メンバーを公募するのであれば、社内制度とリンクさせて学んだことを生かせる設計にするのもよいでしょう。例えば新規事業提案制度とひもづけて、半年後の役員プレゼンテーションをマイルストーンに、企画の前段階をコミュニティに取り組むという方法です。 最初のうちから領域と仕事を直結させず、みんなの関心を引きやすいテーマにしてもよいと思います。極端に言うと「お金持ちになる方法」でもよいのです。交流を繰り返すうちに自部署の悩みを打ち明けたり、仕事の進め方を相談したりといったことにつながってくるでしょう。 最初のテーマは口実に過ぎません。1年ほどたって参加者が「この仲間と学ぶのが楽しい」と思えたなら、組織エンゲージメントもきっと上がっていることでしょう。振り返ればじんわりと効果を実感できるのが、学びのコミュニティなのです。
プロフィール
松本 雄一さん(関西学院大学商学部教授) まつもと・ゆういち/関西学院大学商学部教授。博士(経営学)。専門は経営組織論、人的資源管理論。主な研究テーマは実践共同体による人材育成、組織における技能形成。『実践共同体の学習』(白桃書房)『ベーシックテキスト 人材マネジメント論Lite』『ベーシックテキスト 人材開発論Lite』(同文舘出版)ほか、著書多数。近著に『学びのコミュニティづくり ―仲間との自律的な学習を促進する「実践共同体」のすすめ』(同文館出版)。