Tychoが明かす「究極のクリアサウンド」を生み出す秘訣、音楽遍歴と進化のプロセス
ティコ(Tycho)を象徴付けるものといえば、究極的にクリーンで、100メートル先の水底を見通せるほどのクリアなサウンドだろう。ただ、そのクリアサウンドを実現するには、ただ聴いただけでは分かり得ない、僅かに音を汚すような手段を用いることで、それを実現している。 【画像を見る】Tycho来日決定、公演フライヤー画像 今年8月に発表された最新アルバム『Infinite Health』では、グリズリー・ベアーのクリス・テイラーがプロデューサーとして参加しているのも、大きなトピックだ。テイラーがもたらした「汚し方」のアイデアによって、近年の作品にはなかったアナログ要素が付与され、格段に聴き心地が良い。それに、ボーズ・オブ・カナダと比較されたデビュー当初のサウンドと、ティコことスコット・ハンセンの音楽的原点である、フレンチハウスへの標榜もあり、彼の音楽遍歴が交錯する個人史的な作品でもある。 このインタビューでは、彼が究極のクリアサウンドを目指す理由や哲学、彼の手法の骨の髄まで。それから、今作のコンセプトや、注目楽曲の解説。そして、最新ツアーでの新たな試みや、来年1月に控える来日公演の意気込みまで、とことん話してくれた。
今明かすクリアサウンドの哲学
―あなたは10年前に、日本のEFFECTOR BOOKという雑誌で、BOSSのチューナーを最も重要なペダルとして語っていたのですが、「内蔵のバッファーがサウンドの肝だから」という理由に、当時ティーンだった私は衝撃を受けたんです。そのペダルへのこだわり、そういったサウンドのディテールへのこだわりというのは、今も持ち続けていますか? スコット:その時にどんな文脈で話をしたのか覚えてないけど(笑)、BOSSのチューナーを使うことで、バッファーがDIレコーディング(アンプを通さずに直接コンソールに接続する手法)において、どれほど大きい変化をもたらすかということを初めて体験したんだ。もちろんアンプを使うことで違いが出るのは間違いないけど、その時は、とある音色を再現しようと試みたんだけど上手くいかないという状況でね。それで、ああ、そうか、チューナーっていうのはただの透明な存在でしかないと思っていたなってね。それでチューナーに繋いでみたら、アタリがあって、面白いものになったんだよね。 ちょうど(取材日の)2日前、ツアーのリハーサルで……今夜からツアーに出るんだけど、全く同じ会話をギタリストのザックとしたよ。彼はワイヤレス・システムに切り替えたがっていたから。それで、BOSSのチューナーを使うのをやめた時に、この問題が以前にもあったことを思い出したんだ。他のチューナーではこのバッファーのサウンドを得られなかったんだよね。それで同じようなバッファーが内蔵されたものを使ってみたら、まったく同様のサウンドを再現することができた。エフェクターは、僕にとっては最もお気に入りのギアなんだ。もちろんシンセサイザーも大好きだけど、エフェクターはとても情熱を傾けているものだと言えるだろうね。 ―そのBOSSのチューナーは、しばしば音が悪くなるとも言われます。相反して、あなたのサウンドはいつもクリアな印象です。今作においても、ディストーションがかかるトラックはあっても、サウンドとしてはクリアでクリーンな印象を受けました。かといって、過度にハイファイというわけでもない絶妙なバランスだと思います。このシグネチャーとも言えるサウンドの哲学を教えて下さい。 スコット:そう言ってもらえて嬉しいよ。というのも、このアルバムで僕が意図していたのは、間違いなく初期の作品におけるロウファイ的な美学を持ち込むことだったからね。というのも、何年もの間、自分のサウンドを可能な限りハイファイに研ぎ澄ますことに時間を費やして来たから。でもそれも、ちょっとクリニカルというかクリーン過ぎるというか、そのレベルに達したところで止めないといけないと思っていた。だから、このアルバムではもっとオーガニックな感じに立ち戻りたかったんだよね。このアルバムがロウファイ的な作品だとは言わないけれど、そういう感覚を持ったものにしたかったんだ。 今回はグリズリー・ベアーのクリス・テイラーが大部分のプロデュースとエンジニアを手掛けてくれたんだけど、『Painted Ruins』のサウンドが本当に好きでね。『Veckatimest』も好きだけど、あの最新アルバムには音響やテクニカルな面での大きな進化があったと思う。あのサウンドを作った人がこのアルバムを一緒に作ってくれたら良いなと思ったんだ。彼もベーシストだし、このプロジェクトに興味を持ってくれたのはラッキーだった。彼はサウンドをオーガニックな形に落とし込むのが上手だし、リヴァーブやテクスチャーに対する感性が自分と似通っているようにも感じた。どんなものが感覚的に気持ちいいのか心得ていて、それを押しつけがましくない方法で実現してくれたと思う。僕のやりたいことをすべてやらせてくれたし、それでいて心地良いものにまとめてくれたんだ。 ―具体的に、そうしたサウンドを実現するために用いたテクニックや機材などはあったのでしょうか? スコット:色々なやり方があるけど、このアルバムは100%デジタルで作ったところが大きいね。アンプはすべてプラグインを使用しているし、ほとんどのパートでAmpliTubeやTONEXを使っているよ。シンセサイザーに関しても、普段使っているシンセのエミュレートソフトを使用したんだ。そうすることでポスト・プロダクションの段階で、より自由度が高くなるから。色々と手を加えたり変更したりすることが可能になった。とにかく、すべてにおいて可能な限り融通が利くようにしておきたかったんだ。クリスはそれをハードウェアに通したんだけど……The Culture Vultureというチューブ・ディストーション・ユニットとかね。倍音と歪みを発生させる真空管ユニットで、スプリング・リヴァーブもあって。すごく良い感じのクラシックでアナログなレコーディング・チェーンを実現させたんだ。僕と彼との世界観を両立できるようにと自由度の高い状態を保って作っていったんだけど、いよいよ完パケという段階で、そうしたアナログなハードウェアに通すことで、個性が生まれたんだ。