Tychoが明かす「究極のクリアサウンド」を生み出す秘訣、音楽遍歴と進化のプロセス
過去から再発見した新しい可能性
―今作は、アルバムとしては久しぶりに円形と三角形(山)がアートワークに用いられていますね。このモチーフを再び用いた理由を教えてください。 スコット:このアルバムで、僕は過去と現在の間に線を引きたいと思ったんだよね。『Dive』(2011年)のような初期のアルバムのアイデアを参照したり、そのアイデアに近いものを作ろうと思った一方で、新たな側面に光を当てたものにもしたかった。何らかの形で進化を遂げているといいんだけど。そういう意味で、アートワークはそうした僕の思惑を反映したものにしたかったんだ。アートワークは当時のことを想起させたり反映したりするものでありながら、ある意味で進化し、現代的に昇華されたものにしたくて。 ―雄大な自然の中に浮き立つ円形の物体は、『2001年:宇宙の旅』のモノリスであったり、ドゥニヴィル・ヌーブ監督の『メッセージ』に出てくる宇宙船を思い出させる、SF的な印象です。SFというテーマは作品の中にあったのでしょうか? スコット:ある意味ではそうかもしれない。このアルバムは明らかに、有機的なものに対して化学的、人工的なものを並置することをテーマにしているからね。そこに、張力を創り出したかったんだ。惑星間の張力みたいな。それを、人工的な物体を有機的な景色の中に配置することで表現したんだよ。そこにあったのは、何か人智の及ばない、僕たちの理解を超えた未知の存在。僕はつねに、人間の経験というのは、人生を歩んでいくうちに、身近なあれこれがただのBGMやノイズのようになってしまうことだと思ってきた。それでいて、誰もが未知の存在が「そこに実在している」という感覚を持っていて、でもそれが何なのかは完全には理解していないと思うんだ。それは、僕たちの人生のさまざまな場面で、ほんの一瞬だけ、ごく僅かに淡く姿を現すことがある。そうした感覚をこのアートワークで表現したかったんだ。 ―『Infinite Health』には精神と感情と肉体に健康をもたらすというテーマもあるようですが、「健康」ということを深く考えるキッカケがあったのでしょうか? スコット:歳を重ねていくなかで、家族を持って、今では子どももいるし、両親や自分自身が歳を取っていくのを目の当たりにしたり、子どもたちの新しい人生が始まったりして、自分たちがこの連続体の中にいて、その中のごく小さな世界を生きていることを実感したからじゃないかな。結局のところ、この連続体が永遠に続くわけではないという結論に達したんだよね。自分の死や、そこへ向かうプロセスをできる限り受け入れるべきなんじゃないかと思ったんだ。最終的にそれが不可能だったとしても、少なくともそこに対して平常心を保つ努力をすべきなんじゃないか。そのために必要不可欠なものが「健康」だと気づいたんだよ。大切な人たちに良い影響を与える唯一の方法は、自分自身が健康でいることだ。だから身体的、精神的に健康であることはとても重要なことだと思うし、少なくとも今の僕の人生においては、それがすべてなんだ。 ―「健康」いうテーマは、先ほどアートワークの話に出て来た「過去と現在に線引きをしたかった」というテーマにも繋がっているということでしょうか。 スコット:確かにそうだね。過去と向き合い、それに対して平和を築き、後悔しているかもしれないことや、自分が過去どうたったのかという事実を受け入れることも非常に大きな要素だと思うよ。その上で、今の自分自身や、自分に残されたものを受け入れることが重要なんだ。 思えば、長い間未来のことばかりを考えて生きてきたような気がするよ。たとえば、音楽に関して言うと次のアルバムやツアー、来年の予定……次に何をすべきかばかりを考えてきた。もちろんそれも大切なことだし、5年後や10年後にどうありたいか、未来設計をすることも重要なことだよ。でもその一方で、今この瞬間、きちんと地に足が着いていないと、年月だけがあっという間に過ぎてしまって、その時の自分を振り返ることすらできなくなってしまう。だから、僕にとっては、コロナ禍がこの素晴らしい機会を提供してくれたと思っているんだよね。悲劇的な側面が強い出来事だったけど、自分がどこにいるのか一旦立ち止まって振り返って、これからの未来をどうしたいかを考える良い機会でもあったと思う。今、この瞬間にいること、それにもっとこの瞬間に意識を向けて、大切な人たちともっともっと繋がることが大事だと気付かせてくれたから。 ―あなたはISO50として、そうしたアートワークや映像をみずから手がけるデザイナーとしての側面も持ち合わせていますよね。制作する上で音とアートワーク、どちらが先に浮かぶものですか? 作用し合う部分もあるのでしょうか? スコット:アートワークはほぼ、音が出来上がってから作るね。時々、アルバムの制作中にアートワークに取り掛かることもあるけど、その時点では、その作品がアルバムのカバーになるかどうかは考えていない。過去には、仮のカバーといった感じのアートワークを作って、音楽をその箱に合わせて詰め込むような作り方をしたこともあるよ。要するに、そのカバーがビジュアル的に表現しているようなアルバムを作りたいと思ってね。でも、ほとんどの場合はまず音楽を作って、その後で視覚的に再解釈するというプロセスを踏んでいる。音楽を作っている間も視覚的なイメージは常に頭の中にあるんだけど、それに対して腰を据えて取り組むということはせずに、最終的に自分の中で解釈に達する時を待っている感じなんだ。 ―では、今作『Infinite Health』に影響を与えたアーティストや作品などがあれば教えてください。 スコット:自分がもともと多大な影響を受けて来た音楽、たとえばポストロックや、2000年代初頭のロック。特にインターポールのようなバンドを参照している。彼らのようなドライブ感のあるギターサウンドをもっと自分の音楽にも取り入れたいと思ったんだ。もちろん、ボーズ・オブ・カナダもそうだね。彼らもサウンドや質感、メロディに多大な影響を与えていると思う。一方で、それまではまったくやっていなかったのに、ここ10年の間にDJとしての活動もかなり増えてきて、ダンス・ミュージックやクラブカルチャーといったもののオーバーラップにもすごく興味を持つようになった。そのことも、このアルバムの何曲かに大きな影響を与えていると思うよ。 ―ポストロックで言うと、昔聴いていたのはどのあたりですか? スコット:実を言うと、若い頃はあんまり聴いていなかったんだよね。たとえばジョイ・ディヴィジョンのような音楽には、もっと後から触れるようになったんだ。若い頃は本当に典型的な、アメリカのティーンエイジャーの音楽……ヴァン・ヘイレンとかレッド・ツェッペリン、ドアーズとか、もう少し後だとガンズ・アンド・ローゼズとか、メガデスみたいなメタルにハマっていた(笑)。それから2000年代初頭に、自分で音楽を作るようになってから、インターポールとかブロック・パーティのような音楽を聴き始めたんだ。彼らがポストロックかどうかと言われると怪しいけど、そういった音楽に影響を受けているのは間違いないね。 ―1曲目の「Consciousness Felt」ではブレイクビーツ、2曲目の「Phantom」ではフィルターハウスといったように、現在進行形でクラブシーンでリバイバルしつつある要素が込められていますよね。これらを用いたのにはどんな理由がありますか? スコット:もともと最初の頃にインスパイアされたのが、ダフト・パンクやCrydamoureレーベルといった、1990年代のフレンチハウスシーンだったんだよね。ドラムンベースやLTJブケム、Photekなんかにもハマっていたけど、自分でそういう音楽を作りたいと思うきっかけになったのはフレンチハウスだった。あとはやっぱり、ダンス・ミュージックが最初のインスピレーションと言えるだろうね。両親が家でよく70年代のファンクやソウルをかけていて、僕の育った環境には常にディスコが流れている感じだった。そのへんが音楽の原体験なんだけど、ダンスに対して強い反応を示す子どもだったんだ。小さい頃は、音楽の意味を考えるよりも、その音楽が自分をどう動かすかの方が大事だから。単純に「この曲で踊りたい」と思っていたんじゃないかな。 そこからチルアウト・ミュージックを作るようになって、自分の作る音楽がチルハウス、ロック、エレクトロニカを融合させたものだと認識するようになったけど……それしか自分には出来ないと思い込んでいたし、そういうものを期待されていたんだとも思う。だから、このアルバムではその枠を少し超えて、最初の頃に純粋に惹かれた音楽を反映してみようと思ったんだ。あとはさっきも話したように、DJをしたり、他の人の音楽をプレイしたりすることも大きかった。僕はダンスが大好きだし、DJセットをプレイして、みんながそれに合わせて踊るのを眺めるのが好きだから。 ―「Phantom」は一番お気に入りの曲だそうですが、どの辺りに手応えを感じています? スコット:なんというか、アルバム全体を通して描かれているアイデアがたくさん詰まっている曲だと思う。その上で、ひとつに上手くまとまっているというか。この曲は、サウンド的にも、エモーション的にも、確固たる空間にしっかりと存在している感じがするんだ。クラブシーンに根差している感じもする。暗い深淵のような要素を含んでいる一方で、同時にアップリフティングで明るいエネルギーも感じられる。そのクールなバランスを保っているところが気に入っているんだ。 ―あなたとダンスミュージックの距離感には不思議なバランスを感じます。生楽器が活きていて、フォークトロニカ的とも言える塩梅を感じるからかもしれません。実際のところ、踊らせるための機能性と録音芸術としての実験性についてどのようなバランスを意識されているのでしょうか? スコット:バランスを取ることは大事だと思う。自分が単なるダンス・アーティストだとは思われたくないし、純粋にダンス・ミュージックだけを作り続けるのは絶対に嫌なんだ。クラブやダンスフロアで聴くのが大好きな曲もあるし、DJセットでプレイするのも本当に好きだけど、家でひとりで聴くのはまた少し違うというか。僕にとってのダンス・ミュージックには、独自の使い方や文脈がある。ダンス・ミュージックは本当に純粋なアートフォームだから、それを実現するための特別なスキルを持った人たちがいるわけだし、自分に彼らのように上手く作れるとも思えないんだ。だからこそ、自分はその要素を借りて、自分自身がより理解しているエレクトロニックかつテクスチャーのある、オーガニックなものとの組み合わせ方を模索しているんだよ。そのふたつのバランスを取るというのが、常に自分の目指しているところだと言えるだろうね。 ―最初のEP『The Science of Patterns』(2002年)を久々に聞き返したら、今のTychoと聴き比べて意外にもギャップを感じないことに驚きました。もちろん最新作に進化を感じているのが前提の質問ですが、最初のEPを発表した20年以上前と比べて、大きく変わったこと、逆に変わらないものについてどのようにお考えでしょうか? スコット:不思議なんだけど、SFMOMA(サンフランシスコ近代美術館)でDevon Turnbullのサウンドシステムを使って『The Science of Patterns』をプレイするまで、このアルバムをずっと聴いていなかったんだ。(今年6月に)SFMOMAでちょっとしたセットをやることになって、このシステムを通して音楽をプレイする機会に恵まれたんだけど、その時に古い作品を素晴らしいスピーカーで聴くことができたんだよね。それで、自分の音楽がとても純粋でクリーンなものだったことに驚いたんだ。それに、昔の頃に感じていたほど、過去と現在との繋がりは絶たれていないようにも感じた。とても興味深いことだと思いつつ、自分の音楽が進化していないんじゃないかと心配にもなるけどね(笑)。でも、今の僕の音楽はもっと多様性があって、音響的にもよりオフェンシブで、なんというか……より肌感覚的なものと近づいているように思う。それこそが、僕が達成しようとやってきたことなんだ。つまり、純粋にエレクトロニックな空間にあった音を、現実世界へと持ち込むというかね。