「性器を噛みちぎる」チンパンジーと「無害な」人間…「人間家畜化理論」が説明する、ヤバすぎるその理由
人種差別、経済格差、ジェンダーの不平等、不適切な発言への社会的制裁…。 世界ではいま、モラルに関する論争が過熱している。「遠い国のかわいそうな人たち」には限りなく優しいのに、ちょっと目立つ身近な他者は徹底的に叩き、モラルに反する著名人を厳しく罰する私たち。 【漫画】「しすぎたらバカになるぞ…」母の再婚相手から性的虐待を受けた女性が絶句 この分断が進む世界で、私たちはどのように「正しさ」と向き合うべきか? オランダ・ユトレヒト大学准教授であるハンノ・ザウアーが、歴史、進化生物学、統計学などのエビデンスを交えながら「善と悪」の本質をあぶりだす話題作『MORAL 善悪と道徳の人類史』(長谷川圭訳)が、日本でも刊行される。同書より、内容を一部抜粋・再編集してお届けする。 『MORAL 善悪と道徳の人類史』 連載第35回 『「乳首」を「焼いたペンチ」で挟み、そこに「溶かした鉛」を注ぎ込む…強力な懲罰本能を持つ人間の“残虐行為の歴史”』より続く
チンパンジーの「反応的攻撃性」
人間に最も近いチンパンジーと比べると、人間がいかに無害であるかがすぐにわかる。体は細くて力が弱いし、毛も少なく、静かでおとなしい。それはもう(少なくともほとんどの人は)気の毒に思えるほど人畜無害に見える。これは偶然の産物ではない。なぜなら、人類の進化の物語とは、基本的には最も友好的な者が生き残る物語なのだから。 この「友好者生存」の原則は、ハーバート・スペンサーが唱えた「適者生存」を置き換えるものではない。私たちは適応してきたからこそ、友好的になったのだ。人間とチンパンジーにおける最も重要な違いに、脅威や挑発に対する反応としての攻撃性を挙げることができる。 この「反応的攻撃性」は、計画的で計算ずくの「能動的攻撃性」とは分けて考える必要がある。チンパンジーは反応的攻撃性が極端に高い。対立が生じると、相手の性器をかみちぎったり、顔面をかきむしったり、かなりの暴力で解決しようとする。 この性向が人間に向けられたこともある。たとえば2009年にはチャーラ・ナッシュがチンパンジーのトラビスに襲われたし、セント・ジェームズ・デイヴィスはチンパンジーのモーに襲われて以来、片目と鼻と数本の指を失い、車椅子での生活を余儀なくされている。モーにいたっては、デイヴィス一家のもとで育ったのにもかかわらず、だ。
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