トランスジェンダーの黒人女性は繁華街で突然殴られ、亡くなった アメリカで絶えぬ憎悪犯罪、残された父が語った無念【2023アメリカは今】
米首都ワシントンの繁華街で10月14日、一人のトランスジェンダー黒人女性が命を奪われた。30歳だったアネイ・ロバーソンさんを暴行し、殺害した犯人は事件から2カ月たってもまだ捕まっていない。明るい性格で、LGBTQ(性的少数者)の権利向上の運動などにも参加していたというアネイさん。残された父は「なぜわが子は死んでしまったのか。見知らぬ人を殴るなんて憎悪犯罪(ヘイトクライム)そのものだ」と無念さを語った。(共同通信ワシントン支局 金友久美子) 別荘に「ナチス」と落書き 憎悪犯罪か
▽13歳の「息子」のタイトドレス姿を見て アネイ・ロバーソンさんは1993年5月にワシントン近郊のメリーランド州に生まれた。両親が付けた名前はデヴィン。7人兄弟・姉妹の末っ子で、皆の人気者だった。 父親のゲイリー・ロバーソンさん(62)はアネイさんが生まれた日のことを今でも思い出す。「家族にも友達にも優しい子だったから、それぞれ独立した後も、皆が彼女に電話したり、相談事を持ちかけたりしていた」。ダンスや料理が好きだったという。 17年前。ゲイリーさんが仕事から家に帰ると、当時13歳だったアネイさんが寝室のドアをばたんと閉め、部屋にこもった。やっとのことで中に入ると、アネイさんはタイトで丈の短いドレスを着ていた。「ドレスを着たいなら、皆にドレス姿を見せればいいだろ」。力尽くで家の外に追い出してしまった。 ゲイリーさんは「父親にありがちなことをしてしまったと思う。廊下に引きずり出して…。彼女はドアをたたくこともせず、外で黙りこくっていた」。それから、親子は冷静になり「ホモセクシュアルや、女性と男性の性差、安全なセックスなどについて対話を重ねた」という。
▽21歳で実家を出たアネイさんはワシントンに ワシントン市内で厳格な母親に育てられたゲイリーさんは、かつては海兵隊員だった。子どもたちにも言葉づかいから振る舞いまで厳しいルールを課していた。中でもこだわったのが「21歳になったら実家を出て行く」というルールだ。 アネイさんはメリーランド州にある現在の実家に残りたがったが、ゲイリーさんはルールを曲げず、アネイさんは21歳の誕生日にワシントンに引っ越した。サロンや量販店の化粧品フロアのマネジャーなどとして働いたアネイさんはやがて、近隣のLGBTQ(性的少数者)や女性、ホームレスの人々の権利向上運動にも積極的に参加していった。「ワシントンに行ってからのアネイは軌道に乗って、仕事も順風だった。大人になったと思った」とゲイリーさんは話す。 ワシントンの友人も「明るく、打ち解けやすい人だった。家族には言いにくいことも彼女には話すことができた」と振り返る。そんな折の突然の事件だった。