トランスジェンダーの黒人女性は繁華街で突然殴られ、亡くなった アメリカで絶えぬ憎悪犯罪、残された父が語った無念【2023アメリカは今】
▽殺人犯を追う父、よく似た男を見かけたが… 首都警察や地元メディアによると、ワシントンの繁華街Uストリートを早朝歩いていたアネイさんは何者かに複数回殴られた。車道に逃げたところ、通りかかった車にはねられ、搬送先の病院で死亡。現場にとどまった車の運転手は暴行には無関係だったといい、暴行した犯人は逃走。防犯カメラには事件があった時間に現場近くを歩く容疑者の姿が捉えられていた。 父親のゲイリーさんがアネイさんの死を知ったのは、職場にかかってきた妻からの電話だった。「妻はずっと泣いていた」。急いで帰ると、家には大勢の警察官が来ていた。カメラの画像があったことから、当初はすぐに犯人が捕まると思っていた。 逮捕の連絡がないままじりじりと過ごしていたある日、友人から手配中の男によく似た人物を見たと連絡があった。焦る気持ちで駆け付けると、車の窓から見える顔はたしかに警察が公開した画像の男によく似ている。正面からの顔が確認できず、ぐるぐると歩き回った。その場で警察にも通報したが「緊急事態でないなら急行することはできない」と断られた。そのうち、男は車で去った。
「自分がチェイスする(追いかける)べきか」。自問自答したゲイリーさんは「犯人を捕まえるのは警察の仕事だ。怒りにまかせて追いかけるのは自分の役目ではない。家で、静かに連絡を待とう。犯人は絶対に裁かれる」と考え直し、担当の刑事にその男が乗っていた車の写真を送った。 事件から約1カ月半がたった11月下旬、自宅で取材に応じてくれたゲイリーさんは幼い孫を膝に抱えながら、「あのとき見かけた男が犯人に違いない」と語った。 ▽ヘイトクライムの標的とされるトランスジェンダーの人々 「どうしてあなたがひつぎの中にいるの?なぜこんなことになったの?」。11月18日にワシントンの教会で営まれた葬儀では、アネイさんの姉が泣き叫んでいた。教会には性的少数者への支援を示すレインボー柄の旗も掲げられた。 米国の性的少数者の権利を推進する団体「ヒューマン・ライツ・キャンペーン(HRC)」によると、2023年に銃撃や暴力によって命を奪われたトランスジェンダーや性的少数者の人々は全米で少なくとも30人に上る。アネイさんもその一人だ。9割近くが非白人で、トランスジェンダー黒人女性が実に全体の半数を占める。少数者を標的としたヘイトクライムは米国の深刻な社会問題で、近年はとりわけトランスジェンダーの人々の被害が目立っている。