映画とは別物でも同様に恐ろしい 原作小説「関心領域」を読み解いた
アウシュビッツ強制収容所から壁を1枚隔てただけの場所で、幸せに暮らす家族を描いた「関心領域」が劇場公開中である。そして映画の公開と合わせて、原作小説マーティン・エイミス著「関心領域」の邦訳版(北田絵里子訳)も、公開同時期に早川書房より発売となった。 【動画】居心地が悪く不穏な〝音〟 やがて押し寄せてくる恐怖 「関心領域」予告編 この小説は、大まかな舞台設定や主要登場人物は映画と共通しているものの、内容ははっきり言って別物だ。登場する人間の数も、共通している人物でさえもそのキャラクターの造形がまるで違う。しかしこの作品の根幹ともいうべき、「無関心さ」を浮かび上がらせ見る者をぞっとさせるような視点の巧妙な演出は、映画と原作の両方にある重要な共通点だ。本稿では映画と原作小説の違い、そしてそれぞれの良さについて触れてみたい。
原作の三つの視点 収容所長ルドルフ、連絡将校トムゼン、ユダヤ人シュムル
まずは主要なキャラクターについて。映画ではアウシュビッツ強制収容所の所長ルドルフ・ヘスとその妻ヘートビヒ・ヘスの2人を中心に展開していくのに対し、原作では3人の人物の視点が切り替わりながら、それぞれの主観で語っていくという形で物語が進行する。 その3人とは、所長のルドルフと、映画には登場しない若き連絡将校のトムゼン、そして被収容者でゾンダーコマンド(遺体の処理などを担うユダヤ人の特別労務班)の班長シュムルである。原作の各章は3人がそれぞれ一度ずつ語って次の章に行く流れとなっており、全6章と後日談というのが全体の構成だ。 映画と原作の両方で重要な役割を担う所長のルドルフは、多くの部下から誕生日を祝われるなどそれなりの人望を持った人物として映画では描かれていたが、原作では大酒のみでほぼ常に酩酊(めいてい)状態、自分のことを「正常」と連呼する異常で器の小さい人間として描かれているなど、キャラクターがかなり異なる(被収容者との不貞行為やその強要、パーティー会場に集まった参加者をいかに効率的に毒ガスで処理できるかを妄想するなど、ネガティブな面での描写には共通点も多い)。