高円寺はどのようにして「古着の街」になったのか?
下北沢が古着の街になるまでの歩み
そんな高円寺と対象的なのが、同じく「古着の街」として知られる下北沢です。ここで、下北沢の歴史を簡単に見ていきましょう。第二次世界大戦後、物資が窮乏した東京で多く生まれた闇市が下北沢にもでき、人が集まるようになりました。その後、1970年代には当時人気を集めていたヒッピーカルチャーが、1980年代にはライブハウスが下北沢に流入。時を同じくして、今も下北沢のランドマークとして親しまれている本多劇場の前身である「ザ・スズナリ」がオープン。近隣に大学のキャンパスが開設されたこともあり、下北沢は高円寺同様サブカルチャーを好む若者で賑わう街となりました。 そして、そのようなサブカルチャーに興じるお金のない若者たちの支えになったのが古着屋でした。このように、下北沢の「古着の街」としての成り立ちは高円寺とよく似ていますが、近年下北沢では大規模な再開発が進められています。小田急線の地下化などにより駅前にはロータリーの建設が進められており、駅周辺には「ボーナストラック(BONUS TRACK)」「リロード(reload)」「ミカン下北」などの商業施設が続々とオープンしました。
低年齢化と低価格化が進む下北沢
再開発と平行して、下北沢に古着屋の開店ラッシュが訪れます。東京・町田の老舗古着屋「デザートスノー(DESERTSNOW)」が下北沢1号店を開店したのが、2016年。その後、2020年頃から高まった古着人気を背景に、福岡を拠点とする「西海岸」や、大阪アメリカ村発の「グリズリー」など、全国的にチェーン展開をする大手の古着屋が続々と下北沢に出店しました。 齋藤さんによると、下北沢では昔からの地主が大手不動産会社に土地を売却しているため、大規模な店舗が出店できる物件が充実しているそうです。下北沢の大手チェーン系古着屋の多くに共通するのが広い店舗面積で、デザートスノーの下北沢での最新店となる下北沢ガーデン店は売り場面積が約165平方メートルと、古着屋としてはかなり大きな店舗で、その他の大手チェーン系古着屋の多くもそれぞれ広い店舗を構えています。 このような比較的低価格な古着を扱う店舗が増えた下北沢に対し、高円寺では高円寺パル商店街などの一部の目抜き通り周辺を除き、大型のチェーン系古着屋はほとんど増えていません。齋藤さんによると、高円寺は10坪から、広くても20坪くらいの小規模な物件が多く、大手チェーン系が店舗を構えるのに必要な30坪以上の物件はほとんど供給されないそうです。 高円寺に自身の古着屋をオープンする前に下北沢の古着屋に勤務していた齋藤さんは、下北沢と高円寺では、客層や好み古着のテイスト、そして客単価も大きく違うと話します。下北沢の客層はティーンズから大学生くらいの若者が中心で、比較的低価格、そしてそのときどきのファッショントレンドを反映した古着がよく売れたそうです。下北沢では大手チェーン系古着屋が「レギュラー」と呼ばれる若者でも手にしやすい価格の古着を中心に取り扱っていることに加え、最近は「800円均一」などの低価格を強く打ち出す古着屋が増えたこともあり、全体的な客単価は低くなっているのではないかと、齋藤さんは指摘します。