「食品知財の黒船」花王はいかにして他社を寄せ付けない“鉄壁の特許網”を築いていったのか?
くどいかもしれませんが、一つ目の特許が例外ではないことを示すために、特許3742094も紹介します。こちらも請求項1を引用します。 【特許3742094の請求項より】 【請求項1】 固形分中に非重合体カテキン類を含有し、シュウ酸(B)と非重合体カテキン類(A)との含有重量比[(B)/(A)]が0~0.002の範囲である緑茶抽出物の精製物を配合してなり、次の成分(A)~(C); (A)非重合体カテキン類0.03~0.6重量%、 (B)シュウ酸又はその塩成分(B)/成分(A)(重量比)=0~0.02、 (C)カフェイン成分(C)/成分(A)(重量比)=0~0.16 (D)酸味料0.03~1.0重量% を含有し、pHが2~6である非茶系容器詰飲料。 この特許では成分の「重量比」と言っていますが、要するに割り算ですね。わかりますよね。 こんなふうに、割り算とか足し算と引き算とか掛け算とかシンプルなものでよいので、何か数式を使う。そして、その計算結果の範囲を規定する。これが「パラメータ特許」です。細かい話は後でしますので、まずはこれだけ覚えておいてください。 このように、足し算や割り算のパラメータ特許が一つであれば、ちょっと面倒くさいですが、まだ理解できます。でも、これが例えば数百件出てくると、読み解くのが大変になりますし、数式が足し算や割り算ではなく、もっと複雑な関数を使われるとかなり面倒です。実際、第3章で紹介した3Mの「気泡が残らない保護フィルム」の特許には「三角関数」が出てくるものがあります。サイン、コサイン、ってやつですね。 この時点でちょっと頭が痛くなる人も多いでしょうか。3Mの特許網に関するセミナーで、この三角関数の特許をいつも紹介するのですが、権利範囲が具体的にどういうフィルムを指すのか、セミナー参加者は誰一人わからないんですね(笑)。つまり、こういう数学的な表現をうまく駆使すると、もはやそれが具体的に何を指すのか、専門家であっても読み解くことができなくなるんです。 セミナーで紹介している3Mの特許に関しては、恐らく審査官も正確にはわかってなかったんじゃないかなと思うくらい難解で、僕も読んで最初の数分間はその特許で3Mが何を言っているのかまったくわかりませんでした。ちょっと難しい数式が出てくると、数件でも大変です。いろいろな数式の特許が数百件、となると、もう手に負えないわけです。つまり、「参入障壁」「排他性」という意味では、パラメータ特許をうまく使えば、ものすごく強い特許になる可能性があるんですよね。
楠浦 崇央