「従北勢力が暗躍」独自の危機感に動かされた韓国・尹大統領 理解と支持は広がらず
韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領は、令状なしの拘束を可能にするなど国民の権利を著しく制限できる「非常戒厳」の宣布という極端な手段に突如、走ったかに見える。だが、今回の動きにつながる独自の政治観と危機意識を就任前からのぞかせていた。 【写真】「非常戒厳」に反発し、ソウルの国会周辺に集まった人々 その政治観は3日夜の緊急談話にも表れた。「私は北朝鮮共産勢力の脅威から国を守り、国民の自由と幸福を略奪する従北勢力を撲滅し、憲政秩序を守るために非常戒厳を宣布する」 「共に民主党」など野党側は北朝鮮に従う「従北勢力」で「内乱を画策する犯罪者集団」だと非難し、戒厳はそれを一掃するために不可避の措置だという主張だ。 従北勢力が暗躍する社会を正常化させる必要があるとの認識は大統領選への出馬を決めた2021年から見せていた。尹氏が反対論を押し切って日本との関係改善にかじを切ったのも、北朝鮮や従北勢力から国を守るためには、日米韓の安全保障協力が不可欠との強い信念が背景にあった。 野党は閣僚らの弾劾訴追案の国会提出を連発。尹氏の「急所」といえる妻の疑惑を追及し続けた。25年予算案を巡り、野党が尹氏の重視する麻薬取り締まりや治安関連の予算を削減し、単独可決させたことで怒りが発火点に達したようだ。 今年8月に尹氏が大統領警護処長だった金竜顕(キム・ヨンヒョン)氏を国防相候補に指名した後で、野党が「戒厳疑惑」を持ち出したことがある。金氏の警護処長在任中、警護処は一定数の軍や警察を指揮できるよう権限を拡大されていたため、戒厳の布石ではないかと勘繰ったのだ。 金氏は尹氏と同じ高校出身。戒厳を建議できる行政安全相も同じ高校出身だった。自らに考えが近い者で周囲を固め、野党やメディアからの批判にさらされ続けた中で、「従北勢力を撲滅する」には強硬手段もやむを得ないとの考えに傾いた可能性がある。 だが、それが与党や国民の間で理解と支持を広げることはなかった。 金国防相は国会で戒厳説をこう否定していた。「今の韓国で戒厳をすると言って軍が従うか。私は絶対従わないと思う」。実際、国会に突入した兵士らも能動的な動きを見せないまま、国会からの要求に従い、数時間で解除を余儀なくされた。(ソウル支局長 桜井紀雄)