絶滅危惧種「席でタバコが吸える店」を巡る旅【第12回】国立「Bar HEATH」
日々の句読点の打ち方
この店に来たときの私のいちばんの楽しみは、これ、どうですか、と大川さんが勧めてくれるシングルモルトと、それに合わせるうまいタバコだ。 ピースの缶の蓋を開け、1本を抜き出し、軽くくわえて、マッチで火をつける。蓋を開けたばかりで、ひときわ香りの高いピースを押しのけるようにして、一瞬だけマッチがツンとくる。そのリンの匂いがスッと消えたあたりで、深めに吸い込んで大量に煙を吐く。 両切りタバコは煙も多く出る。昨今、こういう喫煙は流行らないという話もよく聞くが、喫煙者の多いバーで寛ぐときは、おいしい一服を満喫しても罰は当たらないのではないだろうか。 大川さんによると、こちらのお客さんの7、8割が喫煙者で、年代的には、若い人のほうが多いという。私も、若い頃は大いに吸ったし、周囲の人も、ヘビースモーカーが少なくなかった。今から思うと、ずいぶんなマナー違反はあっただろう。 けれど、昔のタバコ好きたちのほうが、日々の句読点の打ち方が上手だったような気がする。だからというのではないが、吸っていい場所なら、遠慮せずに吸う。そういうことで、いいのだと思う、今後とも。 爽快でほんのり甘いジンフィズを飲み終えてホッとひと息ついて、タバコをシガリロに切り替える。同時に頭に浮かんでいるのは、上等なシングルモルトだ。 頼んだのは、秩父蒸溜所の銘酒、Ichiro’s Malt CHICHIBU。 「4年前の、うちの33周年記念ボトルです。新樽に詰めた7年もの。ラベルには、あれを使わせていただきました」 大川さんが指さしたのは、店内に飾ってある一枚の切り絵だ。成田一徹さんが切った、大川さんの切り絵で、それが、33周年記念ボトルのラベルに印刷されているのだ。 生前の成田一徹さんには、銀座のバーで出くわすといつも、やさしい激励の言葉をかけていただいた。そして、Ichiro’s Maltを作るベンチャーウイスキーの代表である肥土伊知郎さんには、秩父蒸溜所開設時に取材をさせていただいた。そんな両名が、ヒースの33周年記念ボトルで共演している。 この酒を飲まないわけにはいかない。かといって、貴重な酒でもあるから、1杯いただけるかどうか、大川さんに伺うと、にこりと笑ってグラスに注いでくれた。