絶滅危惧種「席でタバコが吸える店」を巡る旅【第12回】国立「Bar HEATH」
自分のための1杯を丁寧に作ってくれる
突然目が覚めた感じになって、私は席を立ち、同行者を促して、一軒のバーへと向かった。 店の名は「Bar HEATH」。ヒースというのは、イギリスの荒れ地、あるいはそこに生えるつつじ科の灌木のことで、日本ではエリカとも言われる。この荒れ地を可憐な赤い花が絨毯のように覆う様は、ウイスキーの故郷、スコットランドに見られるという。 その名を冠するオーセンティック・バーは、国立駅東口から東通りへ入り、しばらく行った交差点を渡ったところにある。実は、この店、さきほどまで寛いでいた「珈琲屋大澤」が2階に入っている同じビルの、地下なのだ。 オープンしたのは1987年。私の高校卒業は82年。私が一年浪人した後で一橋に入っていれば、学生時代の最後くらいにこのバーの開店に滑り込めたかもしれない。が、それは無理なのだ。切ない話だが、私には、とてもじゃないが、一橋に入る学力はなかった。 まあ、それはいい。最初の酒を頼もう。まだ、渇きが癒えていない。まずはシュワっとした爽快なヤツでいこう。 「ジンフィズをください」 私はさっき「サンモーク」で買ってきた缶入りのピースと、コイーバのシガリロの箱をカバンから出してカウンターにのせた。 しかし、まだ、火はつけない。オーナーバーテンダーの大川貴正さんが、ジン、レモンジュース、砂糖をシェーカーに入れ、バースプーンでかき混ぜてからシェーカーを振るのを、しっかり見ることが先決なのだ。 自分のための1杯を丁寧に作ってくれるこの時間が楽しい。最初の1杯を作ってもらうときに、いつも、そう思う。 シェーカーからグラスに注がれた液体に、ソーダを加えて、ジンフィズは完成する。大川さんがこちらへ差し出してくれたグラスに手をのばし、少し大袈裟、と思いながらも、恭しくグラスに口をつける。うまい。抜群だ。 大川さんが師と仰ぐのは、新橋「トニーズバー」のオーナーだった松下安東仁(通称トニー)さん。大川さんは、トニーさんの仕事を見て、話を聞いて、バーテンダーの修業をした。国立に「HEATH」を開いた大川さんは、スコットランドを旅しながら、当時はまだ、日本にいくらも入っていなかったシングルモルトを個人輸入してきた。 トニーズバーを模してつくったヒースは、ブリティッシュスタイルのバーだが、天井まで届くバックバーには今も、数々の銘酒が並んでいる。