芥川賞受賞『バリ山行』作者・松永K三蔵さんが、日常のすぐ横にある「死の可能性」を描いた理由。「巨大なシステムや資本の前に個人は非力だけど…」《インタビュー》
愚かしくも果敢に不条理と戦う人を描きたい
――お話を聞きながらいろいろ深読みできる作品だと実感しています。あらためて著者としてはどんな読者に届けたいと思われますか? 松永:実は僕は個人的に「オモロイ純文運動」というのを展開しているので、普段あんまり本を読まない人に届いてほしいと思っていますね。本なんて面白くないでしょうって方も、やっぱりいろいろ社会の中で折り合って生きているでしょうから、この小説に共感していただける方もいると思うんですよね。ぐっと奥歯を食いしばってやっている人が、もしかしたら妻鹿に何かを感じていただけるかもしれないですし。 ――「オモロイ純文運動」ってどんなことをやってるんですか? 松永:運動と言っても自分がただ書くだけなんですけどね。純文学っていうのはどうしても難しかったり読みにくかったり、物語性が乏しかったりするんですが、純文学にもシンプルに「読んで面白い」っていう作品もあることを伝えていきたいんです。もちろん難解な純文学の「おもしろさ」もありますが、書店がどんどん閉店し、本を読まない人が多くなっている中で、危機感があります。多くの人が貪るようにスマホで動画を見たり、ゲームをしたりしているのは、やっぱりそれがシンプルに面白いからで、だったら小説も面白い、純文学も面白いということを伝えていきたい。 ――これからどんなものを書いていきたいとか、何か思いはありますか? 松永:普通に生活している人の不条理を書きたいと思っています。世界というのは不条理にあふれていますから、その中で「生きてる」ってことは「抗っている」ということ。とにかく必死に抵抗をして生きてる人を書きたいですね。一口に不条理といっても深淵なものからバカバカしいものまで、それこそ会社員生活を送っていると社内政治に付き合わされたり、トップがなんかにハマっちゃって、自分の生活が振り回されたり、いろいろありますよね。それでもやっぱり、やっていく。愚かしくも果敢に戦っている人は美しいので、それを書いていきたい。 ――ちなみに12月に新刊も出るそうですね。 松永:そうなんです。デビュー作の『カメオ』っていう小説なんですけど、ある意味それも不条理小説です。仕事を押し付けられ、犬を押し付けられ、押し付けられたものにどう対応していくのかの物語ですね。 ――そうそう、不条理小説を楽しく読むのに関西弁もポイントだと思いました。 松永:それはあるかもしれないですね。不条理なやりとりにちょっと人間味というかユーモアが出るというか。新刊にも関西弁のクレーマーが出てきますが、喋りが面白いです。なかなか愛すべき男ですよ。