「ヒップホップ・ジャパンの時代」──Vol.7 tofubeats(前編)
日本のヒップホップ・シーンの盛り上がりを伝える短期連載。 第7回は、さまざまなジャンルを縦横無尽に飛び越えて活躍するtofubeats(トーフビーツ)が登場。ロングインタヴューを前後編にわたってお送りする、その前編。 【写真の記事を読む】日本のヒップホップ・シーンの盛り上がりを伝える短期連載。 第7回は、さまざまなジャンルを縦横無尽に飛び越えて活躍するtofubeats(トーフビーツ)が登場。ロングインタヴューを前後編にわたってお送りする、その前編。
誰がクリシェをぶち壊すのか
1990年生まれのプロデューサー/DJのtofubeatsは、近年活況を呈する国内のヒップホップ・シーンを冷静に、そして好奇心を持って観察、分析しているように感じられた。「既成のものを捉え直す面白さをヒップホップから学んだ」と語る彼は、クラブ/ダンス・ミュージックとヒップホップを行き来しながら創作を展開し、Jポップのフィールドでも活躍してきた。ラッパーと共作し、ときにみずからラップをし、今年出した最新アルバム『NOBODY』では多幸感のあるハウスに全力で振り切っていた。 彼への取材オファーの動機はシンプルだ。幅広い視野を持ち、10年以上メジャー・レーベルで活動してきたプロデューサー/DJが近年の国内のヒップホップをどう見ているのかに興味があった。規模が拡大すれば、様式の画一化、クリシェ化が進むのは避けられない。ここで言うクリシェとは、端的に言えば、目新しさの失われたスタイルのことを意味している。そうしたクリシェ化を逆転の発想で用いて独自のスタイルを生み出し、また商業的に成功してきたのもtofubeatsのユニークさだ。 インタヴューは前後編にわたってお送りする。前編では、2024年に初出演となった「POP YOURS」の話題を皮切りに、自身の作品を通して、ヒップホップやラップとの関わり方について語ってくれた。 既成のものを捉え直す面白さ ──今年、「POP YOURS」に初めて出演されましたね。 そうなんですよ。じつは2年連続でオファーされていたけど、断っていたんです。「俺が出る場所じゃなくないか?」と(笑)。KEIJUとの“LONELY NIGHTS”(2017年)は7年前、“水星”(2011年)に至っては13年前とかの曲なわけですよ。「POP YOURS」は、その年のヒット曲や新曲のある若いラッパーの人らが中心のフェスじゃないですか。あのフェスのために新曲を下ろす人もいるわけで、ヒップホップの新曲を作っていない自分が出るのは違うんじゃないか、それがマナーじゃないか、という気持ちがあって。完全にユース・カルチャーとして定着しているし、自分は前世代の人という意識もあったから。でもさすがにこんなにオファーしてくれているのに一回も出ないのも良くないなと(笑)。 ──ははは。なるほど。でも、tofubeatsというアーティストは、むしろ「POP YOURS」が掲げる「ポップ・カルチャーとしてのヒップホップ」というコンセプトに合致すると思いますけど。 ただ、いまのヒップホップの盛り上がりに繋がる「高校生ラップ選手権」や「フリースタイル・ダンジョン」以降のシーンを自分がフォローできていなかったのもあります。僕は元々オルタナティヴなシーンや、クラブ・ミュージックとヒップホップの中間みたいなところが出自じゃないですか。ヒップホップがレガシーを打ち出したり、競技色を強めたりすると、そこは自分の居場所ではないなというのもあって。 ──今年出した最新のアルバム『NOBODY』もダンス・ミュージック、ハウスでした。 そうですね。自分が歌うことすらやめていますから。それで今回は、最初で最後の出演になると思うので、その代わりにゲストをめっちゃ呼びたいとお願いしまして。そうしないとめちゃくちゃスベると思いましたから。それで、主催の人があれだけのラッパーのゲストを決めてくださった。それでどうにか持ったというのがありますね。 最新アルバムの『NOBADY』。 ──実際ライヴをやってみてどうでしたか? シンプルにヒップホップのフェスでこんなに人がいっぱい入って盛り上がってすごいというのはありますよね。それをいちばん感じました。自分は、普段の1時間のライヴのヒップホップの時間というか、ラッパーの人といっしょにやるときのセットを抽出してやりましたけど、観客の反応で、「あ、“水星”を知ってるんや」っていう驚きとかもありました。 ──不粋な質問ですけど“水星”がいちばん盛り上がりました? 1日めのKEIJUの時間にやった“LONELY NIGHTS”のほうが盛り上がりましたね。あの曲をやるときも最近は不安ですよ。「懐かしい~」とか言われ始めているから。あと、自分のライヴじゃなくて、観客として観ていて他の人のライヴやお客さんの反応も面白くて。それこそ「高校生ラップ選手権」に出ているか否かというひとつの大きい分水嶺があるなとか、このラッパーが人気あるのかとか、生で観ることができてすごい勉強になって。あと「世間って残酷だな」っていうのはすごく感じて。 ──ああ、すごくわかります。観客の反応がもう本当に正直というか露骨ですよね。盛り上がっていたと思ったら、引くとき一気に引きますし。 そこで心が折れないでやり切れる人はベテランやなあと思ったし、そういうのを観られて気持ち良かった。若手でもそこでしっかりできているラッパーを観ると、これからも上手く行くだろうなと思ったり。 ──すこし個人的な話をさせてもらうと、2015年にラッパーの漢の自伝『ヒップホップ・ドリーム』の企画・構成をやりました。その年に「フリースタイル・ダンジョン」も始まっている。あの本の主題は「リアルとは何か?」というものだったんですけど、その約1年半後ぐらいにtofubeatsさんがYoutubeで公開した“SHOPPINGMALL”に虚を突かれてガツンとやられまして。それもあってあの曲は個人的にすごく印象に残っているんですよ。 自分は、既成のものを捉え直す面白さをヒップホップから学んだんです。人によってはそれがロックかもしれないけど、僕がヒップホップが好きなのはそういうところで、音楽を通じてそれができたらいいと思っていて。『FANTASY CLUB』(2017年)はヒップホップのクリシェを借用しながら、既成のものを捉え直そうとしたアルバムだった。売れないかもしれないけど、それを頑張ってやってみようと。 ──“SHOPPINGMALL”の「何がリアル/何がリアルじゃ無いか/そんなことだけでおもしろいか」っていう歌詞はまさに既成の価値観のとらえ直しでしたね。 それと、KEIJU(当時YOUNG JUJU)とオートチューンを使った曲をいっしょにやりたくて作ったのが“LONELY NIGHTSだった。KANDYTOWNはそのころ、不文律としてオートチューンを使わないというのがあったらしいんですけど、あるボートラ(ボーナス・トラック)ではオートチューンを使っていて。それを当時のKANDYTOWNのA&Rから聴かせてもらったときに、KEIJUは100%オートチューンを使った方がいいラッパーだと思って誘いました。だから、あの曲はいまやベタな感じだけど、当時としてはカウンターを狙った曲だったんですよ。 ──当時すでにクリシェ化していたオートチューンを、それをむしろ使わないという不文律のあるグループのラッパーに使ってもらうことで驚きのある新鮮な曲を作ろうと。 「いまヒップホップにおいてクリシェが生まれているけど、それで良いんか?」みたいな(笑)。そういうふうに現状を批判的に捉え直そうとしたのが『FANTASY CLUB』でした。あのアルバム全体がヒップホップっぽいかどうかと言われたら違うと思うけど、ヒップホップから僕が学んだ様式を使うという全体の設計図もあって。たとえば、まず自分のようなJ-POPのアーティストがああいう暗い作品を作る。さらに、それまでの作品では客演をたくさん呼んでいたけど、有名な人を呼ばない。当時、KEIJUもいまほど売れていなかったですから。しかも、フィーチャリングを表記しない。 ──そういう問いかけですよね。 そうですね。そういう問いかけがないと、僕がヒップホップやラップ・ミュージックをやる意味はなくて、せっかくラップをするのであれば他の人が言ってないこと、やっていないテイストを打ち出せないと。だけど、“SHOPPINGMALL”も“LONELY NIGHTS”も出した直後はそこまで反応は良くなくて、ヒップホップを逆手に取ってクリシェを相対化すると意外に理解されへんなあって感じましたね。“LONELY NIGHTS”は1年ぐらいかけてじょじょに売れて行きましたけど。ただ言いたいことをいちど言うと、言いたいこととかなくなっちゃうんですよ(笑)。 ──主題を決めてその核心を突くラップを作ることが成功すると言うことがなくなると。ただ、素朴な疑問として“LONELY NIGHTSがヒットしたあと、同様の路線で何曲か作ってみようという気持ちは生まれませんでしたか? ないですね。ラッパーはラップをずっとし続けなきゃいけないじゃないですか。でも、僕はラッパーではないですから。あくまでもプロデューサーなので。言いたいことが言えたら、同じことを何度も言う必要がないし、“LONELY NIGHTS”や“水星”みたいな曲をさらに作ってヒットしてもぜんぜん楽しくないじゃないですか。ビンゴの穴を次々に開けていく感じで、新しい穴を開けたら、また違う穴を開けに行きたいんです。 自分自身にならないといけない そもそも自分のタイトルの曲でラップしているのは、シングルだと“RUN”(2018年)が最後とかの可能性もあります。『REFLECTION』(2022年)の“SMILE”でもちょっとだけラップしているけど、最近は客演でラップして良いこと言う人になりつつある(笑)。dodoちゃんとの“nirvana”(2021年)とかもそう。 ──「POP YOURS」でもやったSTUTSとの“One”(2021年)もあります。これも3年前なんですね。 ラップで16小節を埋めなきゃいけないときって、いらんことを言っちゃいがちだと思うんですよ。自分はそれをしないように心掛けているし、その意識とポップさみたいなものは相関関係にもあって。自分はそういうポップに寄せたいという生理的な欲求があるというか、ポップじゃなければ、自分がやる必要はないというのが基本にありますね。 ──いまポップという話が出ましたけど、2020年の“RUN Remix”ではVaVa、そしてKREVAといっしょにやっています。“Too Many Girls”(2015年)でも共作していますが、ポップ・フィールドで活躍し続けてきたKREVAとの制作はどうでしたか? KREVAさんはご自分で何でもやられるので、実際にいっしょに作業するとめちゃくちゃレスが早いし、しかもいきなり百点が返ってくるんですよ。それがすごく気持ち良くて。自分の役割を完璧に理解しているザ・ベテランです。僕がKREVAさんのスター性を引き継げるわけではないですけど、いっしょに制作させてもらって、自分がプロとしてやっていく指針みたいなものになりました。人とのコラボ曲では必要以上に悩まないとか(笑)。 ──ははは。 なによりメジャーの世界で、音楽的にもビジネス的にも常に最前線にいられる人って稀有じゃないですか。そういう意味では、自分の指針となるような前を走っている人はKREVAさんぐらいしかいなくて。もちろん売れている人はたくさんいますけど、「メジャーを背負う」というのを続けている人はほとんどいないし、自分以降はいないと思うので。 ──たしかに。ヒップホップやクラブ・ミュージックのアーティストで、国内のメジャーで格闘しながら音楽を長く作り続けて行こうとしている人がいないっていうことですよね。いまはメジャー・レーベルと契約したり、ビジネスしたりしているアーティストも、そこをむしろ前に出さなかったり、継続的ではなかったりする傾向がありますし。tofubeatsさんは、メジャーを背負いながらオルタナティヴを模索してきたと思います。 自分自身をちゃんと持っていないと流されて死んでしまうじゃないですか。長くやろうと思ったら、自分自身にならないといけない。僕のなかでは、イルリメさんやECDさんが自分の思うヒップホップを体現している二大巨頭で、あの2人のスタンスが完全に理想なんです。ヒップホップのやり方を借用しながら、オルタナティヴで独立独歩じゃないですか。そういう人がもっと増えて欲しいなとは思いますね。ECDさんが出していたCD-Rとか買って感動していましたし、ああいうDIY精神にもかなり影響を受けたので。だから、僕といまの二十歳ぐらいの若い世代のラッパーやビートメイカーはぜんぜん違うところを見ているとは思うんですよ。 ──ビートメイカーとしてRed Bullの「RASEN」のBIM、Skaai、田我流、Boseのサイファー(2022年)にビートを提供していました。これもまた田我流以外のラッパーが登場して「POP YOURS」でパフォーマンスしていました。これ、一風変わったビートですよね。 そうですよね。これを選んでくれたことに感動しました。4、5曲ぐらい送ったと思うけど、絶対選ばないだろうって送ったビートだったから。自分は気に入っていたけど、誰も選んでくれず、何年も寝かされていたビートでしたから。CampanellaさんがRAMZAさんに言われたというすごい好きな話があって。「ラッパーはラップを乗せるのが仕事なんだからどんなビートでもラップしろよ」みたいなことをRAMZAさんから言われたと。それはほんとに良い話だなって。プロデューサーの立場からすると、ラッパーにはそのぐらいの気持ちでいて欲しいというのがありますから。 ──それで言うと、今回取材に当たって、昔の作品も聴き直していたんですけど、PUNPEEがラップしている“Les Aventuriers”(『lost decade』収録/2013年)っていう曲があるじゃないですか。いまやあれぐらいの速さのBPMかつ激しい展開でラップする曲もなくはないですけど、当時としては珍しいというか、PUNPEEがラップをすごく頑張っているのが伝わってきて。 そのときPUNPEEさんに、RAMZAさんがCampanellaさんに言ったのと同じようなことを僕が言った気がします。「ラップするのが大変な曲じゃないとやる意味がないです」みたいな。RASENのビートを渡したあと、じつはすこしだけラップしやすいようにポップにはしたんです。もっとラップしにくいビートだったから。あの曲は、ラッパーのみなさんが良いラップを乗せてくれて、気がついたら映像もできていて、しかも俺の名前も歌ってくれている。ビートだけラッパーに渡して、あとはお任せという制作はしてこなかったので、なんてラッキーでありがたい仕事だろうと。あのときはもうトラックメイカー専業になろうかなって思いましたね(笑)。 後編に続く。 tofubeats 神戸出身の音楽プロデューサー/DJ。学生時代から様々なアーティストのプロデュースや楽曲提供、楽曲のリミックスを行う。2013年4月に「水星 feat.オノマトペ大臣」を収録した自主制作アルバム「lost decade」を発売。同年11月には森高千里をゲストボーカルに迎えた「Don't Stop The Music」でワーナーミュージック・ジャパン内のレーベルunBORDEからメジャーデビュー。2022年のアルバム『REFLECTION』から約 2 年ぶりとなる新作EP『NOBODY』を今年4月にリリースした。 二木 信 ライター。ヒップホップを中心に執筆。単著に『しくじるなよ、ルーディ』、漢 a.k.a. GAMI著『ヒップホップ・ドリーム』の企画・構成を担当。
写真・池野詩織 文・二木 信