「TSMC熊本工場に続け」の大号令の中、あえて考える海外企業誘致促進に潜む“死角”~学びたいアイルランドの教訓~
かねて本コラム「唐鎌大輔の経済情勢を読む視点」では円安抑止の処方箋に関し、その王道は外国企業による対内直接投資の促進だと強調してきた。例えば昨年6月の「骨太の方針」において「2030年までに100兆円」という残高目標が明記された翌月には「日本の悲願 対内直接投資残高100兆円は実現可能なのか」と題して議論させて頂いた経緯がある。 【図表】「対内直接投資大国」アイルランドの現状 その後、半導体分野やデータセンター分野など大手外資系企業による日本への投資が断続的に取りざたされているのは周知の通りだ。また、今年3月に立ち上がった財務省の有識者会議「国際収支から見た日本経済の課題と処方箋」でも、対内直接投資の促進が今後の日本経済浮揚にとって重要論点になることは認識されており、公表資料でも頻繁に登場している。 既に、具体例として半導体世界大手の台湾積体電路製造(TSMC)の工場建設が進んでいる熊本県菊陽町で雇用・賃金環境の逼迫が可視化されているだけに、対内直接投資の経済効果をポジティブに受け止める向きは多い。基本的に筆者も同感である。 だが、政策には功罪が必ず付き纏う。対内直接投資を経済浮揚の鍵と位置付ける主張に対し、直感的に予想される批判の1つが「所詮は外資系企業の収益になるだけではないか」というものだ。結論から言えば、その批判は正しい。 とはいえ、「そうだとしても今の日本はやるべき」というのが筆者の基本認識である。以下では対内直接投資を主軸に成長をけん引してきたアイルランドの例などを通じて、敢えて対内直接投資促進策に伴う「負の側面」を議論してみたいと思う。
対内直接投資が増えればGNIは減る
仮に今後の日本で対内直接投資残高が積み上がり、九州に限らず日本の各所において外資系企業の工場や研究施設などが誕生したとしよう。直接的にはそこから世界への財・サービス輸出が増えることになるため、国際収支項目で言えば、貿易サービス収支の改善を期待することになる。 しかし、例えばTSMCの工場やGAFAMの研究開発拠点が上げた利益は当然、台湾や米国に帰属するため、そこに円売り・外貨買いの資本フローは発生する。国際収支項目で言えば、第一次所得収支の悪化だ。 こうした対内直接投資の促進に伴う実体経済への影響は統計上、国内総生産(GDP)と国民総所得(GNI)の乖離から理解することになる。GDPは「国内で1年間に生産されたモノやサービスの付加価値の合計」であるのに対し、GNIは「居住者が国内外から1年間で獲得した所得の合計」だ。理論上は「GNI=GDP+海外からの純要素所得」であり、「海外からの純要素所得」とは要するに第一次所得収支に相当する。 現状、日本は海外での生産・販売活動を基軸として外貨を稼いでいるため(第一次所得収支が黒字であるため)、「GNI>GDP」という大小関係が定着している。今後、対内直接投資を促していけば国内での消費・投資活動や輸出が活発化する結果としてGDPが増える一方、外資系企業が稼いだ利益は本国送金されるため第一次所得収支で支払が増えるためGNIは減ることになる。