尊厳死と安楽死 米国人女性の「死の選択」が問うものは? 東京大学大学院・会田薫子
PASを選ぶ標準的な患者像
オレゴン州に話を戻そう。保健当局の報告によると、2013年末までに同法のもとで死を選択した人は、平均年齢71歳、白人が97%、カレッジ以上の学歴を有する人が72%、がん患者が79%、ホスピスケアを受けていた患者が90%だった。PASの選択の理由は多いほうから、「自律(autonomy)の喪失」(91%)、「人生を楽しいものにする活動を行いにくくなること」(89%)、「尊厳を失うこと」(81%)だった。 日本のような国民皆保険制度のない米国では医療費を心配する人が少なくないと一般的に考えられているが、PASを選んだ理由として「治療に関わる経済的心配」を挙げた人は3%だけだった。 つまり、PASを選ぶ標準的な患者像は、知的レベルの高い70歳前後の白人のがん患者で、自分らしく生きることができなくなったり、生活のコントロール感を失ったりする前に、自分の最期を自分で決定することを望む人であり、医療費の心配のために死を選択しているわけではないということだろう。メイナードさんも年齢以外は当てはまると思われる。
日本における尊厳死法案
メイナードさんのケースへの反響が大きかったことから、日本でもエンドオブライフ・ケアの議論をより深めるべきと考える人が増えているようである。超党派の国会議員のグループ「尊厳死法制化を考える議員連盟」が上程を計画している、いわゆる尊厳死法案に関する議論の進捗を求める声もあがっている。 では、この法案について考えてみよう。この法案の骨子は、本人が延命医療を望まないことが事前指示などで明らかな場合に、2名以上の医師が「回復可能性なし、死期が間近」と診断したら、延命医療をやめても医師は法的責任を問われない、というものである。 しかし、筆者の考えでは、これは2007年以降、厚生労働省の「終末期医療の決定プロセスに関するガイドライン」はじめ各医学会のガイドラインが実現していることに含まれている。すでにガイドラインによって社会環境が整えられたことに関して、適用範囲を狭くして立法化すると、上記以外のことは実行が事実上不可能になるだろう。現場の医師が自己規制して、「これ以外は違法」と判断することが予想されるからである。 たとえば、植物状態を含め「死期が間近」と診断できない状態なら、延命医療を終了することは違法と判断されるようになるのではないだろうか。こうなったら、各種の世論調査において延命医療を望まない人が8割を超える現在の日本で、深刻な問題が引き起こされると思われる。