昔のままの名古屋城復元は「夢物語」 差別発言を擁護する人たちが理解していないこと
観光施設のバリアフリー化は必須条件
そもそも現代の「観光施設」として新たに造られるからには、バリアフリーは世界の常識であり、許可権限を持つ文化庁も必須条件としている。「それなら国宝姫路城にもエレベーターをつけろということか」と難癖をつける人もいるが、姫路城は江戸時代初期に建てられた主要建築物が現存している国宝であり、世界文化遺産である。それを壊してエレベーターをつけろとの主張が通るわけもなく、文化庁が許可するはずもない。文化財でも国宝でもない新築の建物である名古屋城木造天守と並べて語れるようなものではない。 名古屋市が無作為で抽出した市民5000人を対象に郵送し、5月8日の消印有効で回収した「名古屋城バリアフリーに関するアンケート」では1448件の回答があり、そのうちの47.2%、つまり約半数が「EVは最上階までつけるべき」と答えている(EV設置反対は23.4%)。これが名古屋市民の多くの意見だ。なお、障害者が我慢すればいいという発言に拍手が出た市民討論会は、この1448件の回答者の中から希望者38人(当初予定は100人)を集めて行われた。筆者がある参加者に聞いたところ、入場時に本人確認はされなかったという。つまり、アンケートへの回答者になりすまして入場することも可能な状況であったということだ。
「昔のままではない」と知らないことが問題
さて、ネットでは「観光施設にしなければ当時のままに再建できるはず」という意見もあるようだ。完全復元して一般客を入れず、たとえば抽選によって選ばれたごく少数の希望者だけが見学することができる。こうした意見については、筆者としては至極真っ当だと思う。確かにそういうものであれば、史料としての価値も高いだろうし、もしかしたら何百年か後には本当に国宝になるかもしれない。ところが、それはできない事情がある。 なぜなら今回の木造天守の建築費用は、税金ではない。観光施設として入場者を集め、その入場料収入で賄おうというものだからだ。利子を含めて600億円以上といわれる借金をし、50年かけて入場料収入でコツコツと返していくという計画ゆえに、大量の観光客を入れないと木造復元事業そのものが成り立たない。コンクリート天守が造られた当時とは異なり、市民の関心も低く、寄付金も100億円の目標に対して6年間で約7.7億円しか集まっていない。しかも、建て替え前提ですでに購入した木材の保管に、毎年約1億円の、こちらは税金が今も使われ続けている。 つまり、現代において名古屋城を江戸時代のままに完全木造復元することは不可能で、そのことは名古屋市も、許可を出す文化庁も十分に理解しているということなのだ。にもかかわらず、そのことが多くの人に伝わっていないということこそが最大の問題であると筆者は考える。市民アンケートにもそうした事情は記されないまま、「EVを何階までつけるといいか」といった質問が書かれている。きちんとした事実を知らせないまま、ことを進めようとする名古屋市の稚拙な手法が、市民の分断という今日の事態を招いたと言っても過言ではないだろう。