リベラルは“死んだ”のか? 復活への処方箋は… 吉田徹・同志社大学政策学部教授【時事時評】
世界各国の「リベラル」凋落(ちょうらく)が著しい。これは現実政治と理念の両面にまたがる。先のアメリカ大統領選は、経済が争点だったものの、アメリカ民主党のよって立つリベラル的価値に改めて疑問符が付けられる結果を迎えた。ヨーロッパでも、欧州議会選挙の議席配分で確認されたように、世論の保守化に伴って政治の重心は右傾化しつつある。ハンガリーやトルコなどいったんは民主化した国々では、リベラルな価値を攻撃する指導者が長期政権を担うようになった。 【写真特集】不動産王から米国大統領へ ドナルド・トランプ氏 ◆個人の自己決定権を重視 そもそも「リベラル」とは何か。社会科学には「本質的に論争的な概念」という用語があるが、多種多様な意味合いで用いられてきたリベラルないしリベラリズムも論争的な概念だ。価値的には、個人の自己決定権を重視する立場をリベラルと同義とすることができるが、歴史的には次の五つの価値観として捉えられてきた。1.政治権力を制約する立憲主義的なリベラリズム、2.自由貿易など、商業の自由を擁護する経済的なリベラリズム、3.社会の基盤に個人を据える個人主義的なリベラリズム、4.社会保障や環境権などを重視する社会的なリベラリズム、5.人種やジェンダーなどマイノリティーの権利擁護を主張する寛容的なリベラリズムの5つである。現代のリベラルも、これらいずれかの価値に基づくものがそう呼称されている。 いずれのリベラリズムにも共通するのは、その祖先である啓蒙(けいもう)主義と同様、人智や能動的な働き掛けによって、社会変革や状況改善が可能になるという信念や展望に基づくものであることだ。ここから、リベラルは進歩的な歴史観を持つものであるという、さらなる特徴が浮かび上がる。例えば、グローバル化を推進するための政策は、ヒト・モノ・カネの自由な移動が社会の厚生を高めることになるからだし(上記2のリベラリズム)、個人の権利の拡張はその個人が持つ能力が開花することで、社会的・経済的発展が望めると考えるためだ(上記3、5のリベラリズム)。こうした主張が日本でしばしば「意識高い」や「上から目線」と揶揄(やゆ)されるのも、リベラルが社会工学的な発想に基づく思想や態度だからである。 ◆自由≠平等、公平 そのように考えた時、リベラル政治が劣勢となり、批判される理由が理解できる。 ひとつは、リベラル思想は個人を基準とするため、共同体や組織をまとめ上げる原理と相性が悪い。政治とは社会的紛争を調停させることと定義したのは英国の政治学者クリックだが、そのためには個々人を何らか特定の理念の下に結集させたり、利益配分の輪に加えたりして、集合的な意思決定へと導かないとならない。「自由とは自由のことであって、平等や公平のことではない」とは、やはりイギリスの哲学者バーリンの言葉だが、特定の政治的目標を達成する際には、個人の自由がむしろ障害になる可能性がある。よって、戦後に個人とリベラルな価値を結び付けていた労働政治が後退し、左派的価値が「革新」ではなく「リベラル」に置き換えられると、リベラルの組織的基盤は、保守的な政治と比べればなおさらのこと、脆弱(ぜいじゃく)なものになってしまう。リベラル政党が内紛に見舞われることが多い一方で、現代の左派的政治が場合によっては権威主義的なスタイルを持つ左派ポピュリズムによって独占されているゆえんでもある。 もうひとつの理由は、リベラルが歴史や社会の進歩を前提とした価値であることだ。いずれの先進国でも、リベラルな価値観を強く有しているのは戦後のベビーブーマー(日本での団塊の世代)だが、翻って戦後時代は、大規模紛争の不在と同質的社会、さらに人類史上まれにみる高度成長、そこから派生した中産階級の出現を特徴とした。これに対し、冷戦直後から21世紀にかけてからは、先進国では低成長、気候変動、地域紛争、パンデミック、人口減と高齢化、移民問題など、むしろその未来に課題が山積する時代を迎えた。ピュー・リサーチセンターの国際意識調査では、先進国のいずれの国民の6割以上が「自分たちの子どもは親の世代ほど豊かにならない」と回答している。事実、子どもたちが親より豊かになる確率は戦後期に9割だったのが、21世紀には5割以下へと減少している。リーマン・ショックとユーロ危機もあって、ミレニアル世代(80年代生まれ)の有する資産は、親の青年期の半分以下と試算される。未来への展望が消え去り、「明日は昨日よりもよくなる」という期待値が失われれば、人智や理性でもって世界や社会を変革していくというリベラル的な価値に対する期待も後退するのも当然だろう。 ハリス副大統領は民主党の指名受諾演説で、自身の政治が「未来のために戦う」ものであり、トランプのそれは「過去へと引き戻す」ものだとうたいあげたが、個人が投影する未来が多種多様であり得るのに対し、具体的に共有された経験は具体的に想像されやすい。従って、「日本を、取り戻す」(安倍晋三)、「アメリカを再び偉大にする」(トランプ)、「決定する力を取り戻す」(英ブレグジット党)など、過去にさかのぼって、現在に失われたものを回復するという保守的な政治的メッセージの方が人々にアピールすることになるのである。