<連載 僕はパーキンソン病 恵村順一郎> あなたの心にも、きっと1羽のカワセミが棲んでいる 「だいじなもの」をとりもどそう
宮沢賢治(1896~1933)の童話「やまなし」はカニの兄弟の視点で書かれている。 兄弟が棲む谷川の底に〈青びかりのまるでぎらぎらする鉄砲弾のやうなもの〉が、いきなり飛び込んで来る。〈と思ふうちに、魚の白い腹がぎらつと光つて一ぺんひるがへり、上の方へのぼつたやうでした〉 兄弟は声も出ずぶるぶるふるえて居すくまる。そこに父さんガニが登場する。 〈「お父さん、いまをかしなものが来たよ。」/「どんなもんだ。」/「青くてね、光るんだよ。はじがこんなに黒く尖つてるの。それが来たらお魚が上へのぼつて行つたよ。」/「ふうん。しかし、そいつは鳥だよ。かはせみと云(い)ふんだ。大丈夫だ、安心しろ。おれたちにはかまはないんだから。」/「お父さん、お魚はどこへ行つたの。』/「魚かい。魚はこはい所へ行つた。」〉(『宮沢賢治全集8』ちくま文庫) 永井、賢治に共通するカワセミは、弱肉強食・食物連鎖という摂理の象徴だ。賢治のカワセミは生態系の下位にいる魚の生死を分かつ絶対者である。他方、永井のカワセミは、絶対者である人間に、くちばしを針金で巻かれる下位の存在だ。 知人の話におけるカワセミは、自然の復元力のバロメーターである。一度は人間の手で壊された自然も、人間の意志と工夫で少しずつ、でも着実によみがえる。 長田弘(1939~2015)の詩を思う。 〈(略)「きみの だいじなものを さがしにゆこう」/すがたの見えない 声は いいました。/「きみの たいせつなものを さがしにゆこう」/「ほら、あの 水のかがやき」と その声は いいました。/声のむこうを きらきら光る/おおきな川が ゆっくりと 流れてゆきます。/「だいじなものは あの 水のかがやき」(略)〉(『長田弘全詩集』みすず書房より「森の絵本」)
川に、水にかがやきをとりもどす――それは町の日々に、町に住む人びとの心に、だいじなもの、たいせつなものをとりもどすことでもある。 そこにはきっと棲んでいるだろう、あなたの1羽のカワセミが。 文・写真 恵村順一郎 ◇ 恵村 順一郎(えむら・じゅんいちろう)ジャーナリスト 元朝日新聞論説副主幹 1961年、大阪府生まれ。1984年、朝日新聞社入社。政治部次長、テレビ朝日「報道ステーション」コメンテーターなどを経て、2018年から2021年まで夕刊1面コラム「素粒子」を担当。2016年8月、パーキンソン病と診断される。