問題はプベルル酸が入っていた「量」だ...小林製薬はなぜ異物混入を見抜けなかった? 東大准教授がゼロから徹底解説
私が調べる限りでは、問題のロットに含まれるプベルル酸の量に関連する情報が見られるのは、小林製薬から厚生労働省の薬事・食品衛生審議会に提出されたという資料(公開済み)くらいで非常に限られます。その資料には、保存されていた紅麹原料のロットサンプルをHPLCで分析したと思われるもの(写真中①~④, ⑦~⑨)が記載されています。質量に関する情報は読み取れません。 これを見ると、2023年9月および同年10月に製造されたロット(③②)において、確かに赤矢印で示された「ピークX=プベルル酸(と同定)」の含有量が大幅に増えているように見えます。しかしこの資料に示す分析結果が、ロットサンプル全体の構成成分を万遍なく分析できているかどうか不明であるため、これだけを見て正確な議論をすることは難しいです。 どちらかと言えば、問題を理解しやすくする目的で、プベルル酸に似た性質を持つものの検出方法のみに絞ったもので、さらに縦の縮尺を変えて表示している可能性が高いと思われます。その場合、通常含まれている「意図した成分」に対するプベルル酸の相対的な量を知ることはできません。 もしプベルル酸の含有量が通常では見逃すほどの、例えば極小さなピークで表れるような微量だったとしたら、複数の人を死に至らせるほど極めて強力な毒性があるのでしょうか。ちなみに、マウスが死んだという試験では結構な量のプベルル酸を入れていたと思います。なので、結構な量のプベルル酸を摂取しないと人は死なないのではないかとも想像します。あるいは毒性自体は弱くてもその物質が体外に排出されにくい人の場合は体内にたまっていくなど、他の因子との複合的な要因が関与する可能性も考えられます。 少し話はそれますが、プベルル酸を生産する青カビが作ると報告されている特異な化合物が他にも知られているならば、HPLCによる分析を用いて、それらを問題の製品から探すことも解明の糸口として有効でしょう。もし仮に検出されれば、どこかの段階で青カビが混入したことを更に有力視できるだけの「物証」が得られると思います。一般的に、問題とされる青カビがプベルル酸のみを生産するとは考えにくいからです。 いずれにせよ、プベルル酸以外のものが原因物質である可能性も捨てずに、多角的に検証することが重要だと思っています。 ──原因物質が未知の物質である可能性もあるのか。 プベルル酸に関しては今も然るべき機関で徹底的な検証が進んでいるでしょう。問題のロットだけ異様にプベルル酸の含有量が増えているように見えますので、確かに有力な候補化合物だと考えられますが、あらゆる試験、特に腎毒性に関する試験の結果が得られるまでは、確定的なことは言えません。 その意味では、原因物質が他にあるという展開もまだ考えられます。共培養と言うそうですが、二種類以上の菌を混合して同時に培養すると、菌の代謝能力が向上し、単独培養では生産しないような化合物を微生物が作るようになるという報告もあるようです。 よって、現段階では原因物質が未知の化合物である可能性も残されていると考えます。この場合は、既知の物質であったプベルル酸の場合とは違って、一からその構造を決定しなければいけません。 ──その場合、どのように構造を決定するのか。 具体的な方法を大まかに説明すると、まずはHPLCで対象のピークに表れる部分の化合物だけ取り出します。これを単離と言います。この時点で今回の問題を引き起こした原因物質であるかどうかを見極めるため、腎毒性に関する試験ができるのであれば済ませておいた方が効率的です。 その後、核磁気共鳴(NMR)装置というものを主に駆使し、その化合物の構造に関する詳しい情報をできる限り集め、合理的な化学構造を導き出します。あらゆる機器分析から得られる情報に矛盾しない構造を導き出すことは、難解なパズルのようでもあり、簡単ではありません。 機器分析による情報だけでは自信を持って答えを出せない場合は特に、有機合成によって同じものを作って確かめます。全合成と言いますが、最終的に作った化合物と先に単離して得た化合物の双方の各種機器分析の情報が一致すれば、対象化合物の化学構造が決定されます。未知物質の特定の難しさがお分かりいただけるかと思います。 ──今回は異物が含まれていたことも問題だが、小林製薬はさらに、それを品質管理で発見できなかった。 日本の紅麹は少なくとも長年利用されて来てこれまで問題は生じていません。しかし小林製薬が作った一部のロットでは、本来はないものが入っていました。その1つがプベルル酸であり、因果関係は別としても健康被害が出ている以上、公表されている情報からは、品質管理に問題があったと判断せざるを得ないと考えます。