問題はプベルル酸が入っていた「量」だ...小林製薬はなぜ異物混入を見抜けなかった? 東大准教授がゼロから徹底解説
作ったものにどのような成分が含まれているかというのは非常に重要なので、一般的には何らかの方法で常にチェックするはずです。ですがチェックはしても、そのやり方が甘いと、異物が入っても見抜けません。一方、異物の量が微量になればなるほど、検出が難しくなるのは間違いありません。 私が品質管理として重要だと思うのは、検査結果がいつも同じ、少なくとも同じ傾向であるということです。ただし、紅麹のサプリはベニコウジカビという生物が生産する化合物の混合物を用いるためにロットによる振れ幅が必ずあります。ですので、許容範囲をあらかじめ定めることになりますが、もし仮に私が有機化学的な視点から目的のサプリメントの品質管理をするならば、含まれる成分をできるだけ万遍なく解析できるような分析条件をいくつか設定し、先ほど説明したHPLCを用いた検査体制を構築するでしょう。問題のない範囲内では、横の時間軸に対してピークがいくつか表れるという、その「絵」がいつも同様になるはずです。 問題の発覚後に今回行われた検査では、その、いつも同じであるはずの「絵」に、プベルル酸とみられるピークが描かれたといった状況が私の想像するところです。小林製薬がどのように品質の管理を行っていたのか、実際のところ公表されていないものの、仮にプベルル酸などの「意図しない成分」が簡単に見抜けるくらい「意図した成分」に対して大量に入っていたなら、それを簡単に見落とすとは思えません。 一方、そのHPLCのピークが凄く小さな山である場合、つまり意図しない成分の量がごく微量であった場合は見逃してしまう可能性もあるかもしれません。だからこそ、先に述べたプベルル酸の(相対)量の情報が気になっています。あるいは、通常の分析ではピークが他のものと重なってしまっている可能性も考えられます。サプリの品質や含有成分の量に関する管理をどのように行っていたのかも知りたいところです。 ──これまでに、品質管理でこの「ピーク」を見逃した事例というのはあるのか。 残念ながら、報道等で時々目にします。有名な事例としては、2020年12月に発覚した小林化工(小林製薬とは無関係)という製薬会社の不祥事が挙げられます。小林化工は抗真菌薬という水虫の薬を製造していましたが、製造途中で容器を取り違えて睡眠導入剤を混入させてしまいました。 こうした異物が混入すれば分析過程のところで異常が確認できるはずで、実際にHPLCのピークで通常は無いものが明確に出ていました。作業員はその異常に気がついていたのですが、それを見過ごして品質に合格を与えて市場に出してしまい、結果的に死者を出す事態になりました。 公表されている報告書を見ると、実際のHPLCの意図した成分中に「意図しない睡眠薬」の成分が小さく描かれているのを見ることができます。この程度の違いでも死者がでてしまうことになりかねません。小林化工の場合は、今回の問題に関して一部の報道でも出てきているGMPの認証を受けていましたが、国に届け出られたその製造方法に違反していたと報告されています。 本件は、品質管理を議論する上で重要な事例でしょう。ただし、小林化工の場合は純度の高い医薬品の製造を行っていて、検査自体の難易度は高くないと思われます。今回問題になっている紅麹の場合は、ベニコウジカビという生物が作る様々な天然化合物の複雑な混合物が対象ですので、分析の難易度は遥かに高くなると思われます。 ものによっては千年以上にも及ぶ摂取実績がある通常の食品とは違って、摂取実績の乏しい生物の生産物由来のサプリメント等の安全性をどのように確保していくのかは、今後の課題の1つであると思います。 ともあれ、今回の紅麹問題の原因物質が何なのか、問題はどこにあったのか、それらを解明することが最優先です。 私が実験指導や講義等でも学生に伝えていることですが、データは嘘をつきません。正確なデータは科学のα(アルファ)そしてω(オメガ)です。つまり、正確なデータを積み上げれば必ず適切な結論へと辿り着くことができる、ということです。今後この問題が着実に解明されていくことを、一研究者として願っています。 企業側が品質管理を徹底すべきなのは間違いないですが、一方で消費者も天然由来のものを甘く見るのは良くないですね。生産者にとっても消費者にとっても、今回の件が食品や天然化合物と呼ばれるものとの付き合い方を、いったん立ち止まって考えるきっかけになると良いと思います。 医薬品や農薬には人工物が多いのですが、サプリは一般的には天然化合物を原料にしたものが多く、天然化合物のいい部分をある意味濃縮して体内に取り入れているわけです。しかし、人工物であれ天然化合物であれ、重要なのはその製品の安全性です。 なんでも安全なのだと思い込むのではなくて、自然を侮らず、人間に害を及ぼすものもあり得るという知識をもつことが大切だと思います。自然由来のものにもリスクはあるのです。 <小倉由資(おぐら ゆうすけ)> 東京大学大学院 農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 准教授。栃木県宇都宮市出身。2012年 同研究科博士課程修了、博士(農学)取得。専門は有機合成化学および天然物化学。英国オックスフォード大学化学科 博士研究員、東北大学大学院 農学研究科 助教を経て2020年より現職。学生時代より一貫して有機合成化学的手法による天然有機化合物の量的供給や構造決定に関する研究を展開。興味深い生命現象を引き起こす天然有機化合物の作用機構にも関心を持ち、合成化学的手法を利用した研究も進めている。最近ではミツバチに寄生して猛威を振るうダニの防除物質を発見し、その応用によるミツバチの保護を目指した研究に注力している。
小暮聡子(本誌記者)