わが国の論文力なぜ失速 第一線の研究者らシンポで激論白熱
入試、行事…なかなか研究できない大学人
特に大学の研究者の間で、研究活動と教育や学務とのバランスの改善が大きな課題となっている。相田さんの卒業生がシンガポールの大学で「入試業務に教員が関わることはあり得ない」とビデオで語ったことが注目され、壇上では負担軽減の必要性などが話し合われた。
橋本さんは「私はCSTI議員だった時、教員が入試業務をしない仕組みにする答申を出そうとしたが、大学に反対する人たちがいて潰された。政府は教員の雑務を減らすべきだと考えているのに、根が深い」と難しい状況を明かした。
筆者も取材先の大学研究者から、学務や行事の負担が極めて重く多忙だとの嘆きを聞くことがある。少子化を背景に、各大学が教育の充実に注力していることも影響しているようだ。ある教授は学部生の海外体験プログラムの準備や引率などを任されているといい、「各行事が学生にとって重要なのはよく分かる。ただそれらが積み重なり、腰を据えて研究できない」と話していた。状況の変化に、マンパワーが追いついていないようだ。
「世界が求める日本の科学力、絶対に落とせぬ」
シンポジウムの終盤の、五神さんの力説が心に残った。「日本の科学力は世界から求められている。なぜなら世界が困っているから。チャンスは非常に大きい。日本の科学力は絶対に落としてはいけない。わくわくする世界があるのは間違いなく、人々を引き込んでエンカレッジ(促進)しなければ。まだ間に合う」
この日の議論は実に多岐にわたり、本稿でとても網羅的な紹介はできない。若手研究者のキャリアパスなども当然、重要な論点だ。また、今回はあまり話題に上らなかったが、登壇者から何度も出た言葉「わくわく感」は研究者に限らず、広く国民が知的で豊かに生きる上でも大切なものだ。研究者はその先導役でもあるだろう。指標に直接には表れにくく地道な取り組みではあるが、自然界の謎を解く面白さや、技術を開拓することの魅力を、今後もさまざまな手段で伝えていただきたい。研究者が、また多忙になってしまうのだが…結果的に「自由発想、ボトムアップ」の研究も含め、世論の理解も深まるのではないか。メディアの役割も大切だ。
大手化学メーカー・クラレの調査では、昨春に小学校を卒業した子の憧れの職業は、研究者が5位だった。特に男の子ではスポーツ選手に続き2位で例年、上位に挙がっている。にもかかわらず、日本の大学院博士課程の入学者数は2003年度をピークに、長期に減少傾向にあるという(NISTEP「科学技術指標2023」)。若者が研究の夢を膨らませて育ち、ぜひとも志を開花させ、未来の智徳の源泉となってほしい。それができる社会でなければならない。 (草下健夫/サイエンスポータル編集部)