北海道生まれ。NYで成功し、カナダ初のミシュラン2つ星を獲った鮨職人・齋藤正樹とは?
僕、エロい動きをしてエロい鮨を出しますよ
魚は豊洲の仲卸と密に連絡をとり、週2回トロントまで送ってもらっている。経由便ではなく直行便でとっているのは「Sushi Masaki Saito」だけなので、他店とコンテナをシェアすることができず、運賃だけで月に100万円かかってしまう。一週間の仕入れ総額は140万円ほど。「たぶん都内の鮨屋だと3分の1以下です。運賃はもちろん、そもそも海外に出すのに魚が値上がりするので」と言い、そのなかで価値と売上を高めていく。 米には新潟産コシヒカリを使用。選びの基準は鮨のセオリーとは少し違った。 「普通、鮨は硬めに炊くので粘り気がない米の方がよくて、ササニシキ系とかの方が鮨に向いています。でも、僕は鮨に合う米を選ぶんじゃなくて、一番旨い米を選んで、その米をどう僕の鮨に合わせるかを考えたかった。シャリを弟子に作らせる店も多いですが、自分でお客さんの目の前で作ります。自分が一番シャリ切りの技術と知識があって、米に対する気持ちもトップで、“シャリが命”と言っているのに他の人にやらせたら矛盾ですよね」 おまかせの例となる流れは、前菜6種、鮨12種、お椀、デザート。齋藤さん自身が一番好きな金目鯛の昆布締めから始まり、スモークした鰆などが続く。正直、北米では日本人より繊細とは言えない味覚の人が多く、咀嚼の回数も少ないので、スモークのように香りが強いものや脂がのった魚の炙りが好まれるとか。 鮨については、取材後半に意外な流れでも解説された。「鮨屋って大変なんで、最終的には休みたい」との言葉の続きで、「結婚もしてないですし、彼女もいません。僕、めっちゃモテるんですけどね、つき合うとか結婚に発展しないんですよ。僕のエネルギーに押されて合わなくなるみたいです」となり、鮨職人はモテるか否かの話になった時だった。
「お鮨屋さん、モテるんじゃないですかね。だって鮨嫌いな人少ないじゃないですか。握る姿だって美しいですし、僕、エロい動きをしてエロい鮨を出しますよ(笑)。自分の究極の理論は、これ下ネタなんですけど、手を触れずに女性を鮨でイカせることです。だから、食べ終わった時にはもう僕に惚れている前提なんですよ。僕が集中して頑張って鮨を出したら、子宮の奥に衝撃が走ると思います。動物的感性で反応するほど美味しい鮨。手を一切触れないでイカせるという、つまりMr.マリックですよ」 字面だけだとギョっと思うかもしれないが、これが本人の声で聞くと笑ってしまう。たまにカウンターでカナダ人に話しても盛りあがるとか。下ネタのようで、意外と食の核心をつくいい話でもあるから、切り抜かないでほしい。 「要は気持ちの話です。旨いと笑顔になるし、幸福度が高くなるし、絶対にプラスの感情が起こるので、身体にもいいことしかないんですよ。気持ちってやっぱり身体の根底にあって、自己暗示となって変化を及ぼす。体調悪いけどこれは風邪じゃないと思ったら風邪治ったりしますよね。“鮨を食べて癌克服しました”なんて話があったら、最強です」 細かな評判を気にせず、美しすぎないトークがリアル。こういう話と、海外で成功する人こその含蓄ある言葉が入り混じるので、引き続き注目を。 ところで、好きな音楽を聞くと、昔は日本のヒップホップが好きだったそうで、名前があがったのは、NITRO MICROPHONE UNDERGROUNDだった。聴いて納得した。 「鮨は、やってる限り満足することはないですね」 後編では、齋藤正樹さんだからこそ知る、北米で高級鮨に来るリアルな客層や、サービスの重要性についてお伝えする。
● 大石智子(おおいし・ともこ)
出版社勤務後フリーランス・ライターとなる。男性誌を中心にホテル、飲食、インタビュー記事を執筆。ホテル&レストランリサーチのため、毎月海外に渡航。スペインと南米に行く頻度が高い。柴犬好き。Instagramでも海外情報を発信中。
文・写真/大石智子