伊藤忠はなぜ学生に人気なのか?年収だけじゃない、「社員は家族」の社風で得られるもの【連載最終回】
世界的な原料高騰が続く中、追い風を受ける日本の商社業界。中でも伊藤忠商事は財閥系以外の総合商社として時価総額を大きく伸ばしている。なぜ、伊藤忠は圧倒的な成長を遂げているのか。その答えの一つは、創業以来受け継がれてきた「商人」としての心構えにある。 【全画像をみる】伊藤忠はなぜ学生に人気なのか?年収だけじゃない、「社員は家族」の社風で得られるもの【連載最終回】 本連載では、岡藤正広CEOをはじめ経営陣に受け継がれる「商人の言葉」を紐解きながら、伊藤忠商事がいかにして「商人」としての精神を現代に蘇らせ、新たな価値を生み出しているのかを深掘りしていく。 最終回となる今回は、商人の心意気について。 商人は商売だけでなく、心意気がなくてはいけない。伊藤忠は学生に人気の企業だが、それは給料が高いだけでなく、ここにあるような心意気を感じる施策がいくつもあるからだ。 学生は利害や打算だけで会社を選ぶわけではない。仕事は一生だ。人生意気に感ずところがあるから伊藤忠は選ばれているのだろう。
「米とようかんを背負ってジャングルへ」
伊藤忠には海外動務の人間がいる。うちニューヨーク、ロンドン、上海といった都市の駐在員は苦労は少ない。人数も多く、日本で暮らしているのと変わりのない生活環境で仕事ができる。だから働く人数も多い。 一方、資源、食料、木材といった担当者の場合、海外の僻地で勤務しなければならない場合がある。いわゆる、「ワンマンオフィス」だ。なんでもかんでも一人でやらなければならないし、日本食を食べることもままならない。そういう場所には日本人学校もないから、家族を日本に残し、単身赴任しなければならない。 石油、天然ガスなどの資源担当の駐在員は海外の主要な都市から10時間以上も離れている採掘地に暮らさなければならない。日本人と会う機会はないし、日本食も持って行ったものを倹約しながら食べるしかない。 他の商社であれば日本から幹部が訪ねていくとしても、一人だけが駐在しているジャングルや砂漠の奥地まで行くことはないだろう。 「奥地から出てきてくれ」と主要都市まで駐在員を呼び出すのが通常ではないか。もしくはオンライン会議だろう。 もっと言えば総合商社の社長、副社長はおそらく任期中にワンマンオフィスを訪ねることはまずない。 だが、伊藤忠は行く。 日程やセキュリティーの問題から会長の岡藤、社長の石井は行くことは少ないが、 岡藤の名代として、副社長の小林文彦が秘書も連れずに一人で出かけていく。それが伊藤忠のいいところであり、商人の心意気だ。 小林は大学時代、添乗員のアルバイトをしていた。だから、一人旅を苦にしていない。小林はアフリカの奥地でも、極北のロシアでも、砂漠の真ん中でも巨大なスーツケースを2つ携え出かけていく。 小林は微笑みながらわたしにこう言った。 「陣中見舞いを持って行くんです。なかに入っているものは大量の米とようかん。それと岡藤からの手書きメッセージです。一度、部下から『小林さん、そんな重いものを持って行かないで送ればいいじゃないですか』と言われたことがあります。 冗談じゃないと言い返しました。 『いいんだ。重いものから価値がある。しかも、私ひとりで持っていくことに意味がある』」 小林は力持ちなのだろう。米を30キロも持って行く。飛行機に乗り、鉄道、長距離バス、船を乗り継いで、おんぼろタクシーを雇ってへき地のオフィスへ行く。 「駐在員はびっくりします。そこからが面白い」と小林はにやっと笑った。 「涙するんです。号泣する者もいる。良く来てくれましたと言って。僕だって重いもの運んで疲れてますけれど、感涙にむせぶ姿を見るとそれまでの苦労は全て吹き飛びます」