伊藤忠はなぜ学生に人気なのか?年収だけじゃない、「社員は家族」の社風で得られるもの【連載最終回】
「残された家族のため、子どもは何人いようが大学院まで出す」
商人にとって、いちばん大切なことはむろん稼ぐことだ。自分の力で金を稼いで税金を払って社会に貢献していく。それでもまだ余裕があればそこからまた寄付行為をすればいい。だが、それとはまた別に一緒に働く仲間に対して愛情を持っていなくてはならない。 商人の会社、伊藤忠で働く人間に共通する特徴は何かと問われたら、商売上手でもなければぐいぐい押してくるアグレッシブさでもない。それは仲間に対する愛情だ。愛を切望するまっすぐな気持ちとも言える。 それが表れているのが同社が在職中に亡くなった仲間とその家族に対するサポートである。 サポート制度ができるためにはひとつの物語がある。 岡藤が社長に就任したとき、繊維部門のある社員がガンで闘病していた。その社員は長い闘病期間を送り、会社を休んでいた。そのため、日ごろから会社に感謝していた。 その社員は岡藤に宛てて、次のようなメールを送ってきた。 「極めて長い休職期間、医療費についての高いカバー率、組織としてのサポートに対してお礼を申し上げます。ありがとうございます」 そして、メールの末尾にはこう付け加えてあった。 「私の中では伊藤忠が一番いい会社です」 だが、その社員はメールを送ってきてから1カ月を待たず56歳の若さで亡くなってしまったのである。 葬儀に出席した岡藤は、人目もはばからず号泣し、霊前に誓い、弔辞を述べた。 「今、私ができることは、あなたが良い会社だ、一番だと言ってくれたこの会社を、さらに素晴らしい会社にして、近い将来、報告することです。 わが社は他社に比較し、社員数が少なく、例えば三菱商事の7割しかいません。少ないだけに社員一人ひとりの価値は大きく、私にとっては皆が家族のようなものです。必ずやります」 岡藤は幹部たちと相談して、社員を健康にすること、亡くなった仲間に対して報いる施策を考えた。 そして、ある程度まとまったところで考えと経過を全社員に向けてメールしたのである。 「もし、仮にガンに罹患したとしても、本人が安心してそれを職場で相談し、職場の仲間が皆で支援をすることができるような仕組み、体制を作りたいと考えています。 皆さんのご家庭でも、家族の危機に際しては、家族全員が、持ち得る最大限の力と団結心とで支え合うことと思います。私達の職場も同様であってほしいのです。闘病に際しては、最先端の治療が受けられるように支援を考えたいと思います。 そして、治療だけでなく、普段からガンにならない予防も重要であり、そのための施策も併せて強化して行きたいと思います。 私は『日本で一番いい会社』と言ってくれた故人に思いを馳せ、敢えて宣言しておきたいことがあります。 それは、仮に病気や怪我で、社員が在職中に万が一の事態になったとしても、残されたご家族に心配がないように徹底した支援を行っていきたいということです。 残されたお子さんがいる場合には、何人いようとも全員、大学院を修了するまでの教育費補助を拡充します。 そして将来、お子さんが社会人になる際に、就職先として当社グループを希望されるならば、適切な職場をグループ内で斡旋するようにしたいと思います。また、仮に残された配偶者が家事専業であっても支援いたします。ご本人に就職の意思があるのであれば、当社グループの中で必ず職場を斡旋したいと思います。 私自身、昔、比較的大きな病気を体験し、希望を失いかけたことがありました。それもあって病気になられた社員が、常に前向きになれるように、最小限の心配と、最大限の希望を持って働き続けてもらいたいのです。 人は自分の居場所はここだと思った時に、大きな力を発揮するものです。その力は業務遂行のみならず、闘病においても有効です。皆さんの居場所は、伊藤忠の現在のその席であって、皆さんは、かけがえのない伊藤忠の家族であることを常に忘れないでいただきたいと思います」 日本の会社のなかには在職中に社員が亡くなった場合、サポートするところは少なくないだろう。だが、たいていは「大学を卒業するまで」ではないか。 伊藤忠の心意気は「子どもが何人いようが全員、大学院を修了するまでの私学ベースの教育費を負担する」ことだ。こういう制度があれば人は安心して仕事に打ち込むことができる。 いつの時代か分からないが、日本中の会社すべてが伊藤忠の心意気を真似て、残された家族のサポートをするべきだ。