伊藤忠はなぜ学生に人気なのか?年収だけじゃない、「社員は家族」の社風で得られるもの【連載最終回】
「いい賞品はブービーメーカーに」
伊藤忠が他の総合商社と違う点はグループ会社に対しての目配りを絶やさないことだ。資本参加するだけでなく、伊藤忠の幹部が常に相談に乗ってグループ会社の成長を促進している。 総合商社の仕事は変質している。かつては仲介業だった。貿易取引の仲立ちが商社の主な仕事だった。 ところが、通信、ITの発達で仲介業というビジネスが成り立ちにくくなってきた。企業間、個人間の商品の移動はネットで十分に可能だからだ。そこで、総合商社のビジネスは事業投資がメインとなった。 本社の経営トップは関連会社の仕事の中身、業績、そして幹部の行動に至るまで把握し、アドバイスできなくてはならない。だが、繊維、食料から始まって、資源、エネルギー、IT、エンターテインメント……。そうしたすべてにわたって知識を持って経営判断することは容易なことではない。 そこで、岡藤は考えた。 関連会社の数字、業績は見るけれど、細かいところはCFOの鉢村のチームに任せることにしたのである。その代わり、岡藤はグループ会社の経営陣を見る。 関連会社のトップの名前を覚え、現場に足を運び、会食をする。主人役としてゴルフコンペの設営まで自ら行っている。 岡藤はこう説明する。 「いかにグループ会社が大事か。グループ会社を育てることも仕事です。うちの場合は三井、三菱と違って伊藤忠にいた人間がグループ会社のトップとして采配を振ることがほとんど。人選も僕と伊藤忠の経営陣で行います。 相談に乗るだけではなしに慰労、激励、お疲れさま会も僕自身が主催します。各カンパニーの主要な事業会社の社長や幹部をゴルフコンペに招待するわけや。豪華賞品を付けて、打ち上げの食事をして、家族のためにお弁当も用意して持って帰ってもらう。 事業会社ごとにコンペをやりますからシーズンは忙しい。規模の大きな事業会社なら20人は呼びます。ゴルフでは5組かそこらになりますな。会場はスループレーができるところと決めてある。スルーでやって、終わってから都内に戻ってレストランで食事をして豪華賞品を渡す。春になると6回から7回はそんなコンペをやって、必ず僕が出席します。 賞品も僕が決めてます。だって、ゴルフが下手な人もおるでしょう。下手な人はコンペで賞品をもらったことがないでしょう。それじゃかわいそうだから、コンペの賞品は下手な人にこそあげたいと思った。 まずブービー(最下位から2番目)の人は2位と同じ賞品。ブービーメーカー(最下位)は優勝と同じ賞品。そういう細かいところまで考えるのがトップの仕事で、それが接待。なんでもかんでも秘書まかせにしてはいけない。 僕の接待はマーケットインだ。下手な人の気持ちになってコンペを設営する。 ゴルフコンペに行くと分かるけれど、ブービーメーカーの人ってだいたい決まってます。いっつもビリなんです。そういう人は楽しくないし、コンペに来ても、ちゃんとした賞品をもらったことはないんですよ。本当なら来たくないだろうけれど、仕事だから来ている。それではかわいそうやから、僕が主催する時は豪華賞品をブービーとプービーメーカーにあげる。そうしたら、ほんとに喜ぶ。 『ありがとう。ゴルフで賞品をもらったのは生まれて初めてや』 そういう人もいる。その人は間違いなく翌日からものすごい頑張って仕事をする。グループ会社が頑張れば利益が出て伊藤忠も儲かる。だから、ゴルフコンペもまた重要なんです」 伊藤忠は創業者の時代から社員に優しい会社だった。 創業者の伊藤忠兵衛は明治時代、月に6回も社員に牛肉を食べさせて慰労した。花見や祭りに連れて行った。相撲見物、旅行にも連れていった。伊藤忠トップの心意気は創業以来のそれだ。 (文中敬称略。完) 野地秩嘉(のじ・つねよし): 1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。『トヨタの危機管理 どんな時代でも「黒字化」できる底力』『高倉健インタヴューズ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ビートルズを呼んだ男』『トヨタ物語』『伊藤忠 財閥系を超えた最強商人』など著書多数。
野地秩嘉