クモの糸から防弾皮膚、牛の糞からファッション、オランダ人「バイオアーティスト」が生み出すイノベーション
牛糞から生まれた新素材「メスティック」
エサイディ氏は受賞で得た資金を使って、11年にはアイントホーフェン市で財団法人「BioArt Laboratories(バイオアート・ラボラトリーズ)」を設立した。それは、アートと生物学のクロスオーバーにより、自然から新たな素材やシステムを作り出す研究機関であり、次世代の人材を育成する教育機関でもある。すべてを結び付ける要の存在は、「自然」だという。 14年にはオランダのブラバント州政府から依頼を受け、牛糞問題の解決に乗り出した。オランダでは増えすぎた酪農業者の問題が深刻化しており、牛糞が排出する温室効果ガスをどう減らすかが緊急課題となっている。 エサイディ氏は牛糞に含まれるセルロースに着目した。それは植物繊維の主成分で、紙・パルプ、布、バイオプラスチックなどに幅広く利用されている。牛糞のセルロースを利用することができれば、過剰な牛糞問題の解決策になるほか、現在、綿花畑を作るために伐採されている森林の保護にもつながる。 彼女は再び、アイデアを形にするためにさまざまなステークホルダー――研究者、酪農業者、水道局、政府、企業など――の協力を求めた。そして、牛の糞を乾燥させ、そこから取り出した短い繊維に素材を加え、長い繊維にすることで、紙や布を作り出すことに成功した。16年には牛糞から生まれた衣服で、ファッションショーも開催している。このプロジェクトは「Mestic(メスティック)」と名付けられ、現在はこれをライセンス化し、衣服を量産することを目指している。 「理想的な将来は、酪農の過剰問題が解決することですが、そこに到達するには時間がかかります。だから、メスティックは世界を変えるための小さな一歩なのです」(エサイディ氏、以下カッコ内同様)
専門をまたぐコラボレーション
アイデアを次々と形にするエサイディ氏は、オランダの大学やイギリスのビジネススクールで、アート、美術教育、そして社会起業を学んだ。しかし、彼女の関心はこれらの専門にとどまらず、自然科学など幅広い分野に及ぶ。彼女は自らを「バイオアーティスト」と位置付けている。 プロジェクトを進めるに当たってエサイディ氏が重視しているのは、専門家との協力だ。「構想は主に私が考えますが、プロジェクトは1人ではやりません。周りにいる専門家を集めるのです」 エサイディ氏によれば、学びと協力の姿勢は、幼少期の経験が影響しているという。彼女の父は、オランダの医療・電気機器メーカー、フィリップスで働いており、家には常に医師や研究者、哲学者、芸術家など、さまざまな人々が集まっては議論を繰り広げていたという。幼いながらもその議論に加わることを許されていたエサイディ氏は、多様なバックグラウンドを持つ人たちがそれぞれの資質を持っていることを知った。 「医者も哲学者も全能ではありません。すべて絶対正しいということはない。私は小さいときから疑問を持つこと、興味を持つこと、オープンでいることを学びました」