入浴中に地震が起きたら? 震災も乗り越えた、神戸の下町銭湯の「避難訓練」を体験
地震はいつ起こるか、分からない。寝ているとき、ご飯を食べているとき、お風呂に入っているとき・・・いつどんなシーンでも発生する可能性がある。「もしも、入浴中に震度5弱以上の地震がきたら?」そんなシーンを想定した「避難訓練」が12月、神戸の下町にある銭湯でおこなわれた。 【写真】倒れている人を2人1組で運ぶ方法 定休日を利用し避難訓練を実施したのは、1949年創業の「湊河湯」(神戸市兵庫区)。多くの買い物客で賑わう神戸の台所「東山商店街」からすぐの場所にある。 阪神・淡路大震災の際、兵庫区の被害は大きく、銭湯も設備等に影響を受けた。しかし地震の約10年前に鉄骨を入れた建物にリニューアルしていたことで倒壊を免れ、10日ほどで銭湯の営業を再開することができたそう。再開直後は入浴を待つ客の列が100人を超える日が続き、多くの人々の体と心を癒やした。 そんな地元密着型の「湊河湯」3代目店長の松田悠さんは、この訓練を実施する意義について「まずスタッフが何かあった時にしっかり動けるようなること。入ったばかりの若いスタッフも多いので、キチンと段取りできるように、避難訓練は年に2回実施しています。また、訓練に参加して避難の段取りを覚えたお客さんたちには、できればお年寄りなど困っている人のサポートなど、スタッフとともに協力してもらえればうれしい」と話す。 この日は訓練に参加するスタッフ、一般のお客さんあわせた総勢20名が集合。男湯の脱衣所で、全員を集めたオリエンテーションがはじまった。「夜間に震度5弱の地震が発生し、建物が倒壊の可能性がある」ということを想定し、実際に入浴しての実践訓練を2回おこなうということを松田店長が説明。またあわせて、地震で負傷者が出たシーンを想定し、手と足を両方クロスして2人1組で運ぶ方法も説明を受ける。参加者は真剣にその様子を見守った。 そしていよいよ、男湯女湯に分かれて実践スタート。写真はないが「入浴したていで・・・」ではなく、実際に全員が服を脱いで、裸で浴室へ進む。いつも通り洗い場で体を洗い、湯舟につかるころには、先ほどまで表情が硬かった参加者たちもちょっとくつろいだ雰囲気に。そんななか、突然電気が消える。 「地震です! 建物倒壊の可能性があるので、すぐに外に出てください」とスタッフが大きな声で何度も呼びかける。それを合図に、スタッフのライトを頼りに、全員が湯舟からあがり、脱衣所へ。筆者もそれに続くが、こんなときに限って、荷物を入れたロッカーの鍵がスムーズに開かない・・・焦る。 ようやく鍵が開いたとき、みんな服を着終わっているなか、自分1人が裸のまま。筆者も大急ぎで服を着るも、冬なので着ている量が多くて時間がかかる。靴箱の鍵をポケットから取り出しながら、玄関へ行き、急いで裸足に直接靴を履いて、なんとか無事に建物の外にでることができた。 1回目の訓練での「服の枚数が多すぎた」「靴の鍵がスムーズに出なかった」などいくつかの反省を活かし、2回目の訓練にトライ。2回目は、各自の着てきた服ではなく、「湊河湯」の脱衣所に常備している「避難着」に全員が着替えて、避難する。男性はTシャツに短パン、女性は浴衣で外へ。 全員が退避した時間を図ると、各自の服に着替えた1回目は4分12秒。避難着に着替えた2回目は2分28秒。およそ半分の時間での避難が可能になった。特に冬は服の枚数が多く、それを完璧に着ようとすると時間がかかる。危険なときには、とにかく何でもいいから身に着けて、できるだけ早く逃げて自分の身を守る。それが大事なのだ。 約1時間の訓練を終え、参加者に話を聞いた。スタッフの大橋さんは「避難訓練、初参加でした。いざというときに、落ち着いてスタッフが案内できないと、お客さんも不安になってしまうと思う。いつ地震がきても、冷静にお客さんを誘導し、なにかあれば助けられるよう、日頃から気を引き締めていきたい」と話した。 この日「湊河湯」に来たのは2度目、避難訓練には初参加だった兵庫区の女性は「暗いなかで、スムーズに着替え避難するのは難しかった。自分もお客さん対応をする業務に従事していて、今日の避難訓練は仕事にも活かせそう。明日職場のみんなにこの体験を話して、なにかあったときの対策を考えていきたい」と話した。 また、今回立命館大学理工学部で防災まちづくりを学ぶ森田和磨さんは、大学の研究も兼ねて訓練参加。「京都の『梅湯』などでも避難訓練に参加したことがあり、銭湯での避難訓練参加は5回目。普段から、服をどの順番できるか、靴の鍵をどこに置くかなど、もしもの時のことを意識するようになってきた」と話し、さすがの日頃からの防災意識の高さを感じさせた。 スタッフを率いて訓練を取り仕切った店長の松田さんに、もし自宅の風呂での入浴中に地震があった場合、活かせそうなことも聞いてみた。 「逃げる際に風呂桶で頭を守ること、下着は着ずに服を直接きて着替えの時間を短縮、ということは実践できると思います。今日は店の周囲が明るく、うっすら見えていたかもしれませんが、本当に停電すると真っ暗です。うちで実施しているように非常用にサーチライトを設置したり、段差の部分に暗闇で光る蓄光テープを貼るなどは、自宅でも準備できますよ」とのことだ。 今回「湊河湯」の訓練に参加してみて、今までは、ロッカーに適当に押し込んでいた脱いだ服を、スムーズに着用できるようにきちんと整理しようと反省。また、なにかあったとき、自分で自分の身を守ることはもちろん、高齢者や困っている人をサポートすることができる人間になりたいと思った。 年末年始は、銭湯に行く人が1年で最も増える時期。「もしもそのとき、地震が起こったら?」「怪我人が出たら?」。そうした知識があるとないのでは大違い。まずは、想像して頭のなかでシミュレーションすることからはじめてみては。