岸信介、美空ひばり、力道山…華麗なる交友関係 大関のころから飲んだ大鵬と縁を切る 話の肖像画 元プロ野球選手・張本勲<29>
生きてれば100歳か。アントニオ猪木は亡くなった(令和4年10月1日、享年79)、関係者で当時をよく知っているのは私くらいしかいなくなったね。
力さんには本当によくしていただいた。昭和38年12月8日、赤坂のナイトクラブで暴力団員の男に刺され、1週間後の15日に亡くなった。私が23歳のとき、16歳違うから力さんは39歳です。夜中に電話があって、赤坂の山王病院に行ってね。死に目には会えなかったけど、もう涙が止まらなかったですよ。
力さんはね、ものすごく面倒見がいい方ですが、その半面、もう気が短くて、手が付けられない人でしたね。星野(仙一さん、元中日監督など)が気が短いっていうけど、あんなもんじゃないよ。何でそんなに腹が立つのかねぇって思うくらいにね。飲んでいてナイトクラブの中を全部ぶち壊しちゃう。誰が止めるのって、そんなの。あの体でしょ。ある日、一杯飲みながらクラブのオーナーに「何か文句あるなら言ってこい!」って怒鳴る。するとオーナーは言うんですよ。「これで(店を壊すのは)2回目ですので請求しますから」ってね。そういうことですわ。豪快な人でしたよ。
《100周年祝賀会に王貞治さんも出席し、「力道山さんは戦後、日本が元気がなかった頃に外国人レスラーをなぎ倒してくれた。当時の日本にとっては痛快だった。いま大谷翔平のことが大きく扱われていますが、当時はいまの大谷を超えるすごい出来事」とスピーチしたという。熱狂度が伝わってくる》(聞き手 清水満)
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