【伊藤蘭さん】子育てや困難を乗り越えて…「大抵のことは大丈夫と思えていますね」と語る理由|美ST
2015年11月号にご登場いただいてから9年。その間、41年ぶりにソロとしての歌手活動を再開。昨年、キャンディーズでの活動期間を超えた伊藤蘭さん。「自分以上の自分にはなれない。潔く今の『私』でやれることに身も心も尽くそう」とますます歌に芝居に意欲を燃やし、よりいっそう輝きを増していました。
落ち込んだときは無理に逆らおうとせず、どん底までとことん落ちる。あとはもう上がるしかないから
お話を伺ったのは…伊藤 蘭さん 《PROFILE》 東京生まれ。1973年にキャンディーズとして歌手デビュー。’78年に解散後は、俳優としてドラマや舞台などで活躍。’19年に歌手活動を再開。昨年デビュー50周年を迎え、アルバム『LEVEL9.9』を発売し、初めてのエッセイとなる『Over the Moon わたしの人生の小さな物語』(扶桑社)も上梓。現在、全国9都市を巡るホールツアー中で、1月12日(日)ロームシアター京都、1月13日(月・祝)神戸国際会館、1月25日(土)東京ガーデンシアターでの公演を控える。
子育てを通して女の子の楽しい道を2度経験
34歳で結婚し、翌年35歳で趣里を出産しました。生後5カ月から徐々に仕事復帰したので、40代は子育てと仕事に多忙な時期でした。仕事のときは母が家に来て趣里を見てくれ、母に預けていれば安心で、子育ても仕事も両方楽しくやっていました。とはいえ、100%一緒にいられないことに後ろめたさもありましたが、できるだけそう思わないようにして、母親が外に働きに行く姿を見ることで何かを感じてくれると思っていました。大人になってから、「寂しかった?」と聞いたとき、「そんなことないよ。むしろママがやっている仕事は何だろうと興味を持った」と言ってくれたときは嬉しかったですね。 趣里は4歳からバレエを始め、更に究めたいと15歳でイギリスにバレエ留学しました。ところがケガでバレリーナの道を断念。恐らく私に伝える以上に本人は辛かっただろうと後になってから思うのですが、当時は高卒認定の試験を受けて大学受験をしたり、暗い印象はまったくなくて。それより、趣里の踊る姿が私は大好きで、それが見られなくなるのは少し寂しかったかな。その後、役者の道を歩み始めましたが、その仕事ぶりも楽しませてもらっています。どんな道でも、自分の選択した道をそのまままっすぐに進んでほしいです。 特別な子育て論はありませんが、娘が喜んでいるときは同じように嬉しいし、気落ちしているときは一緒に落ち込む、いつも同じように一喜一憂していましたね。だから私としては、女の子の楽しい道を2度味わった気分。1度目は自分が過ごしてきた青春の道、2度目は趣里の輝きを浴びながら、楽しさをいっぱい共有させてもらった。だから子育ては楽しかった印象しかないですね。 成人した今も一緒にいると楽しいですよ。友達感覚で娘も接してきますから。別々に住んでいますが、うちで一緒にご飯を食べたり、外へ食事に行くことも。特に今はきのこ鍋のお店がわが家のブーム。ひとり一鍋で、いろんな種類のきのこと野菜、お肉を入れて食べるのですが、スープがとにかくおいしい。10日に一度は行ってますし、趣里もリクエストしてきます。家でもよくお鍋をすると喜びますね。