<刺傷事件>「盲導犬を正しく理解して」使用者団体が声明を発表した背景とは?
アイメイト(盲導犬)が何者かに刺されたと見られる傷を負った7月末の事件は、SNSを中心に大きな関心を呼びました。 事件を受け、盲導犬使用者の全国組織「全日本盲導犬使用者の会」は30日、再発防止策の検討などを求める緊急声明をHPに発表しました。被害者本人を含む全国の使用者・関係者の間では、事件そのものの解決以上に、再発防止のためにも「一般の人たちにも視覚障害者と盲導犬のことを正しく理解してほしい」という声が高まっています。「全日本盲導犬使用者の会」の声明も「国民に正しい理解・啓発を」と求めています。 【写真】何者かが盲導犬を刺す 被害男性「これは自分の“傷”」 では、アイメイト・盲導犬は実際にどのように育成され、社会と関わっているのでしょうか?長年アイメイトの取材・撮影をしているジャーナリストとして、事件後のSNSなどの反応を振り返りながら、このような声明が出た背景にある現実や、一部で誤解されている点について解説したいと思います。(内村コースケ/フォトジャーナリスト)
「盲導犬」の定義の解釈は育成団体によって異なる
まず、大前提として理解しておかなければならないのは、全ての盲導犬を一括りに語ることはできないということです。 日本には現在11の盲導犬育成団体があります。犬には人間と同じく一頭一頭に個性があるのに加え、育成団体によって「盲導犬」の定義の捉え方や訓練法が異なります。例えば、今回一部報道で強調されたように「盲導犬は一切声を出さない」とか、そのように訓練されているとは、一般論としては言えないのです。
事件で被害を受けた『オスカー』は、アイメイト協会で育成された「アイメイト」です。その他の育成団体は「盲導犬」の呼称を用いています。これは、アップル社製のパーソナルコンピュータをMac、その他をPC(パソコン)と言うのに少し似ています。 アメリカでは、それぞれの犬の質の違いやステータスを尊重する意味で、「Seeing Eye Dog」「Guide dog」「Leader dog」など団体ごとの呼称の違いが浸透しているようです。日本では育成団体ごとの違い自体がマスメディア含め一般に認識されていないため、どの団体の犬も一括りに「盲導犬」と呼ばれることがほとんどです。これが一般の認識を混乱させている大きな要因になっています。 11団体は、それぞれが独自に運営されている独立した団体です(公益財団法人7、社会福祉法人3、一般財団法人1)。全国規模と言えるのは「(公財)アイメイト協会」と「(公財)日本盲導犬協会」です。戦後間もなく日本で初めて盲導犬を育成した“盲導犬の父”故・塩屋賢一氏が立ち上げた最初の育成団体を母体に「日本盲導犬協会」ができました。後に、事業の公益性や育成に対する考え方の違いから塩屋氏が脱退し、1971年に自ら現在の「アイメイト協会」を立ち上げたという経緯があります。 このような方針を巡る分裂劇があるくらいですから、盲導犬の定義の解釈は育成団体によってかなり異なります。例えば、アイメイト協会は全盲者のみに使用を認め、「犬だけを使って単独歩行ができる」ことを基準に育成しています。その逆に全盲者の使用を認めていなかったり、「白杖との併用」「晴眼者の同行」「限定した場所のみを歩行する」などを前提または原則にしていたりする団体もあります。同じ盲導犬という呼称で呼ばれ、同じような形のハーネス (持ち手のついた胴輪)をつけていても、仕事の内容や質、そして犬に求めていることが団体によってまちまちなのです。また、「飼育奉仕(アイメイト協会)」と「パピーウォーカー(日本盲導犬協会)」など、同様の事柄を指す呼称も違っています。 こうした事情を踏まえずに、他の団体の盲導犬の事例から派生したと見られる噂話を、アイメイトであるオスカーの事件に当てはめて語っているケースも見受けられます。 この「育成団体間の違い」は、これまであまり表立って語られてきませんでした。そのため、世間に盲導犬一般に対するさまざまな誤解があるのは仕方がないことですし、異なる解釈や団体の乱立は決して好ましいこととは言えない側面もあります。しかし、この現実を抜きにして日本の盲導犬事情を正確に理解することはできません。