「3割が60歳以上」「子どもには勧めない」 消化器外科医が激減! がん患者が行き場を失う未来も
「救急医療」破綻の恐れ
こうした事態でダメージを被るのは、がん医療にとどまらない。 「消化器外科学会の65歳以下の会員数は、10年後には26%も減少するとの試算があります。となれば、救急医療も破綻する恐れが生じてきます」 そう指摘するのは、北里大学医学部上部消化管外科の比企直樹教授である。 救急医療は症状の重さに応じて1~3次救急に分かれる。1次救急は自力で来院できるレベルの軽症患者、2次は入院を要するレベルの重症患者、そして3次は特に重篤な患者に対応する。 「私たち消化器外科医は2次救急にも携わっています。潰瘍で胃に穴が開いてしまう胃穿孔、胆嚢に炎症が生じる胆嚢炎のほか、脱腸や痔などの手術を行っています」(同) 緊急を要しながらも、消化器外科医にとって見慣れたこれらの症例で執刀するのは、一般に大学病院ではなく市中病院の勤務医である。というのも大学病院には、より高度な手技(しゅぎ)や医療機器を要する症例、そして珍しい症例を扱うことが期待されているからだ。限られた人的・物的資源を有効活用するための役割分担というわけである。
地方の救急医療が苦境に
それでも現実には、 「医師不足に陥っている地方の市中病院では、アルバイトで来てくれる大学病院の医師らがいなければ、2次救急が成り立ちません。ところが消化器外科の場合、多くの医師は『働き方改革』によって大学病院での勤務だけで労働時間の制限に引っかかってしまう。これまで土日の休みを削るなどして週に2回以上できたアルバイトが、週に1回しかできなくなるのです」(比企教授) このままでは急病人が行き場を失いかねない。厚労省は将来の人口減を見据え、27年度以降に医学部定員を減らす方針を示している。が、偏在を解消しないまま医師数を減らせば、地方の救急医療が苦境に陥るのは明らかである。
「子どもには勧めない」
比企教授は日本消化器外科学会ワーク・イン・ライフ委員会の委員長として「医師の働き方改革を目前にした消化器外科医の現状」と題するアンケート調査の実施、分析に携わった。今年の初めに公表されたこの調査結果について、中でも比企教授が驚いたのは、 〈自分の子供に消化器外科医になることを勧めるか〉 という設問に、肯定的な答えが少なかったことだという。 「90年ごろのアンケートでは70~80%が子に勧めていました。それが今回、『勧める』との回答は14.5%まで激減してしまった。また後輩に消化器外科医を勧めるという医師の割合も低く、38.2%。胸を張って自分の子や後輩に『外科医はいいぞ』と働きかける人がほとんどいないのは、衝撃でした」 比企教授の父親も大学病院の消化器外科医だったといい、 「反抗期には『医者なんか嫌だ』と思っていましたが、高校生の頃、夜中に帰って来てすぐに緊急手術のため病院にとんぼ返りする父の姿を、かっこいいと感じました。それから猛勉強したのです」 今回取材した医師らのほとんどは、親も同じく消化器外科医という家庭で育っていた。ところが自分の子となると“もっと安定した職に就いてほしい”“リスクが大き過ぎるから勧めない”との答えが返ってきた。勧めたからといって子がその道を選ぶとは限らない。とはいえ、現役世代が希望を持てないような職場に、その下の世代が次々と加入してくるとは、およそ考えられまい。