「神」や「幽霊」をこの世に呼び出す…日本の「古典の登場人物」たちが「各地を放浪する」理由
歌枕と道行
「道行」というのは、このように地名を読み込んでいきますが、そこに読み込まれる地名の多くが「歌枕」です。今回は、この「歌枕」と「道行」についてお話をしたいと思います。 地名を読み込んでいく道行は能だけでなく、平曲、浄瑠璃、新しくは浪曲、歌謡曲に至るまで日本の芸能では定番ですが、古いところでは『日本書紀』の中に憑依の道行があります。 鎮座すべき地を求めて、豊耜入姫命に憑依した天照大御神は、まずは笠縫邑の地(奈良県)に鎮座ましました(崇神6年)。次いで倭姫命に憑依し直し、新たに鎮座すべき地を求めて歩きます。そこの文章が地名を連ねた道行文です。 ここに倭姫命、大神を鎮め坐させむ処を求めて菟田の筱幡に詣る。更に還りて近江国に入りて、東のかた美濃を廻りて、伊勢の国に到る。(垂仁25年) 豊耜入姫命や倭姫命の「命」は「みこと」と読みます。「みこと」とは御言であり御事、すなわち神の代弁者、神の代行者の意です。『古事記』で伊耶那美神として登場したイザナミは、活動をしているときには伊耶那美命となり、そして神避って逝くときにまた伊耶那美神になりました。この世での身体を持った存在が「命」なのです。 須佐之男命の追放・漂泊から始まり、大国主命、倭建命など、日本の神々(命)はよく旅をします。遊行漂泊こそ神々の性質なのでしょう。しかし、月読命、建速須佐之男命と違って最初から神であった天照大御神はこの世での身体を持ちません。そこで彼女の代行者・代弁者である巫女たちに憑依して漂泊をしたのです。 『さまざまな技術を駆使した「超絶技巧」、日本の古典に登場する「道行」のスゴさを堪能してみる』(10月30日公開)へ続く
安田 登(能楽師)