京大名誉教授の建築家・岸和郎さんが感動した一冊は?過去への旅の出発点となった美術論考
岸 和郎さんが影響を受けた本:紙片と眼差とのあいだに
美しい建築作品で心地よい空間を数多く生み出している建築家。どんなことやものからインスピレーションを受けているのか、気になりませんか?そのヒントを知ることができるのが、建築家の愛読書です。 今回は、京都を拠点に活動し、個人邸宅や商業施設、寺院など幅広い作品を手掛け、設計活動とともに3 つの大学の教鞭をとるなど、建築家として影響を与え続ける岸 和郎さんに、自身が影響を受けた本について教えていただきました。
「表面」と「余白」は全てを説明できるマジックワード
――どんなところに影響を受けましたか? ジャック・デリダやジル・ドゥルーズといった哲学者の思想に憧れながらもその難解さに辟易していたころ、そしてアンディ・ウォーホル以降の現代美術に魅惑されながらもその魅力を自分の言葉で説明できなかったころ、そんなときに出会ったのが宮川 淳という知性です。 その宮川 淳の「表面」と「余白」という言葉が全てを説明可能なマジック・ワードであることを知り、視線を目前で邪魔する半透明の氷塊が溶解するかのように消え去り、実は目前に広がっていたのは鮮やかな風景であったことを知る感動を教えてくれた書籍でした。
建築作品が古典的な色合いを帯びるように
――影響を受けたことが実際の住宅作品にどう表現されていますか? 1冊の書籍に感動したからといって、それが自分の仕事に直接的に影響を与えることはありません。それはむしろ遠い反響のように、間接的に響くのではないか。宮川 淳の著作は哲学や現代美術を対象としているが、私にとってそれは、むしろ過去への旅の出発点でした。 20世紀モダニズムと16世紀ルネッサンスの同質性に気付き、さらにそこから古代のローマへと導かれること。そのころから自分の建築は古典的な色合いを帯びてきました。例えば、「苦楽園の家Ⅱ」のモダニズムは、ル・コルビュジエを横目に見ながらのクラシシズム=古典主義への回帰の表現でもあります。