【GT300マシンフォーカス】主流派パイプフレームとは異なる挑戦。GAINER TANAX Zが秘める“量産ボディ”の可能性
スーパーGT GT300クラスに参戦する注目車種をピックアップし、そのキャラクターと魅力をエンジニアや関係者に聞くGT300マシンフォーカス。2024年の第7回は、今季より鳴り物入りで新規GTA-GT300車両としてデビューを果たした11号車『GAINER TANAX Z』が登場。設計開発段階から新型車両特有の苦しみを味わいつつ、その内側では“量産モノコック”を使用するという課題にも挑んだシーズンの変遷を、文字どおり生みの親である福田洋介氏に聞いた。 【写真】GAINER TANAX Zのフロントまわり。エンジンはGT-RニスモGT3のVR38DETT、前部にインタークーラーが搭載される ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 「もう雨に呪われていますから。ウチにクルマを作るな、マシン(今季の新型モデル)も開発するな、みたいな感じの雰囲気に」 そう苦笑いを浮かべるのは、GT300クラスで長年トップチームの一角を形成するGAINER(ゲイナー)のチーム代表兼チーフエンジニアを務めながら、新型車両の設計製作における総指揮も執った福田洋介氏だ。 実に“三刀流”の大仕事をこなしてきた福田エンジニアだが、近年はFIA-GT3規定モデルのR35型ニッサンGT-RニスモGT3を走らせており、今季より投入されたGTA-GT300規定の『GAINER TANAX Z』は、チームとして2009年まで走らせていたフェラーリF430以来の完全自社製作モデルとなる。 このブランク期間にも「表に出ない仕事で車両製作の仕事は連綿と続いていた」という福田エンジニアが手掛ける今回のRZ34型フェアレディZで最大の特徴となるのが“量産車のモノコック”を採用している点だ。これも長年に渡りGT3の供給元であるニスモ(ニッサン・モータースポーツ&カスタマイズ:NMC)との信頼関係構築の末にたどり着いた方針でもある。 「実を言うと、まさか(GTA-GT300を)作っていい状況になるとは思ってもいませんでした。『作れることになったんだ』、『許可までもらえたんだ』、『いいんですか?』というところでスタートしたので(笑)。なのでGT-Rで研究し尽くして、満を持して作った……というわけでないのです」と、ここでも苦笑いを浮かべる福田エンジニア。 これもロールケージの公認で義務付けられるFIA規格の認証を得る際、マニュファクチャラー側から公認申請を行う必要があるからこその経緯でもあるが、一方で、GTA-GT300規定モデルは軒並み設計自由度の高いパイプフレームで構成されている。FIA-GT3同等の安全性の確保を目標にした量産モノコック採用ではあるが、例えばインボード化(プッシュロッド化)されたサスペンションの構成ひとつとっても、キャビンやサイドメンバーが残る状況でアーム類のピックアップポイントを設定するのにも制約が生まれることになる。 「例えばレクサスRC F GT3などもそうですし、メンバーのうえに削りモノ(キャスティング類)をどんどんと追加しています。その点、ウチの場合はなるべく重くしないようにという考えで、メンバーの上にブラケットのみ追加するカタチでやっています。配置したときに『イケそうだな』という雰囲気があったので」と続けた福田エンジニア。 エンジンは後述するとおりGT-RニスモGT3から流用したVR38DETTを積み、トランスアクスルのミッションや前後のアップライトまで流用としているが、モノコックの制約により、とくにリヤ側ではドライブシャフトとサスペンションアームがメンバーを貫通する構成としている。当然、ストローク量に規制が掛かるばかりか、微細な入力変化や応力負荷でのミリ単位の変異も可能な限り抑えたい。このため設計段階でも、その後の車両製作でも、一貫して高い精度が要求された。 「余裕ではないのですが、一応は詰め詰めで配置をして『こちら何mm、こちら何mm』とやってみています。この部分は『少し厳しいかな』や『今度は逆側に』など立体パズル状態です(笑)。でも『う~ん、どないしよ』というところまではいかずにレイアウトすることができましたし『1mmあるから大丈夫かな』など、入力方向的に“その部分が接触するまでいかない”というのを経験則で判断して『これ以上は狭くはならないでしょう』というところで作っています。 ■前後重量配分は51:49を実現。ボディ形状で見えたマシン特性 先に触れたエンジンに関しては、本来ならデザイナーとして「シンプルさを優先」し、大排気量のNAエンジンを選択したかったという福田エンジニアだが、最終的には設計当初の構想を破棄してタービンやインタークーラーなどの補機類とパイピングを伴う直噴ツインターボがチョイスされた。 「当初は熱害などもやはり出ましたね。あとはターボということで配管類が増えてしまうので、補機類と合わせると結局、大排気量NAエンジンとそう重量は変わりません。パイピングがあるのでロッカーも自由に置けなかったり、上部のボックスがあることでステアリングもベベルボックスを使ったカタチでいかざるを得ませんでした。作る前の時点で(重量配分)50:50を目指したいという話はしていましたけど、周りからは『難しいのでは』と言われていたなか、それでも燃料を載せていない状態で51:49くらいまではきています」 フロントのバルクヘッドを残したことで、エンジン搭載位置の後退は最小限のなかで達成された理想値に近い前後重量配分だが、サイドメンバーがある分だけGT3用に対して小型のタービンや専用エキゾーストの採用などでコンパクト化を図り、シワ寄せが行ったアンチロールバーはヘッドとインテークの上部を通る特徴的なレイアウトに。 これらも重なり開幕戦の出場見合わせというかたちでスケジュールに響くことにはなったが、実質デビュー戦の第2戦富士では、予選Q1のAグループを担当した富田竜一郎が鮮烈なパフォーマンスを披露し、いきなり1分36秒484のセッション4番手タイムを叩き出してみせた。 「あの時点では、まだ空力的な要素も未知数なので足回りをバチバチに硬めた状態で、ぶっつけ予選に行くしかありませんでした。そこで走行した結果として最高速も出て、そこそこのタイムを出すことができました。ですが、ストレートが速いとやはり(性能調整/スーパーGTでは参加条件)絞られてしまうので、その後はブーストを下げられて10数km/h分くらいはストレートスピードが遅くなりました(苦笑)」 直後のQ2からは産みの苦しみでもあるトラブル続きとなり、新生11号車としての初ポイント獲得は同じ富士での第4戦まで待つことになったが、ここでの経験が車両特性把握に一役買うことになり、以降は足回りのセットアップを含め、エアロダイナミクスの面での“レスドラッグ”の方向性を追求することになる。 「あの時点(第2戦)では結構、映像でもクルマが跳ねているところが映っていたと思うのですが、コーナリング自体は速くなかったのです。オフの間も全然、距離を重ねていないので、それ以降のレースで初めてセットアップの領域に少し進めました。でも、雨で延期になった鈴鹿を含めると今回(第8戦もてぎ)も土曜予選日は雨予報。4連続で雨に祟られるという状況です(苦笑)」 現在のレースウイークでは、土曜午前に行われる約1時間半の公式練習でふたりのドライバーを乗せつつ持ち込みセットアップの確認をし、同じくタイヤ比較をしてコンパウンドの見極めもこなす必要がある。そのアウトラップ・インラップだけでも相応の時間を要し、このタイムスケジュールのなかではテスト的な項目を立てて開発・熟成を図ることは難しい。 また、インシーズン中のタイヤテストでも「基本的にタイヤの開発チームを担当する場合は、良い悪いを含めてタイヤの数が優先です。セットアップというよりは最小限『これで比較できるよね』という状況まででクルマを止めて、タイヤを見る必要がある」ため、走行機会のなかで思われているほどクルマに専念できる状況でもないという。 「なので実際、今年はほとんどクルマの煮詰め作業というのはできていません。最初の頃は温度管理関係で時間を費やしましたが、根本的なところなので、そこをおざなりにすることはできません。さらに(第7戦)オートポリスに向け、足回りのレバー比、プログレッシブレートなどを少し触ろうかなと思ったら、また雨で……。やはり第2戦の印象がすごく良かっただけに、客観的に見たときに『このクルマのいいところはココです』というのが、現状はあまり出ていない状況ですね」と福田エンジニア。 「ただ、それでも見えたのは、もともとのZのボディ形状的にドラッグが少ないのかなと。なのでエンドスピードはすごく伸びる傾向です。ストレートで並んでバンバン追い抜けるかと言ったら、そういうわけでもないのですが、エンドは伸びるので飛び込みまではいけます。ブーストを絞られて遅くはなったのですが、その後は少しコーナリングスピードが上がり、結果またストレートが速くなったので、そこの(落ち)分は取り戻せているのかなと感じています」 ■今後の可能性を含め、量産モノコックの挑戦は「面白い」 前述のとおり主要コンポーネントの多くをGT-RニスモGT3から流用しつつ、サスペンションのインボード化によりレバー比で調整できる余地が増え、スプリングもGT-Rよりは細く柔らかい番手を使えるようになったというGAINER TANAX Zだが、さらなる“しなやかさ”を求め、初ポイントを得た第4戦の富士からは前後にサードダンパーも投入されている。 「要はレスドラッグで行っているからこそ、足の詰め甲斐はあるのかな、というところです。今のところレーキ(車両前傾姿勢)に対する感度はほぼなくてですね(苦笑)。レスドラッグのクルマの車高調整で姿勢をどう使うか、ストロークはどこで、リバウンドはどこに設定するかなど、その使い方の部分が課題です」と明かす福田エンジニア。 「サードエレメントも付きはしたのですが、まだしっかりと使えてはいないですし『えいや!』で付けているだけなので、本来の使い方がまだ全然できていません。プライオリティでどこから順番をつけて……となると、まずはコーナーダンパーですね。まだ跳ねは収まっていないので(苦笑)」 重ね重ね量産モノコックという制約でジオメトリーが規制される分、車両の重心位置やその値なども「今は『ふんわりと、このあたり』という状態」に留まっており、本来は計算値である程度は見えてくる部分も、アンチダイブ設定なども絡めると「なかなか数値どおりにはいかない」ところもあるという。今後、軽量化を進めて行けば、当然その点でも影響は避けられないため、今後も「点と線を結ぶ開発」が続いていくことになる。 またGTAが設定する車両の基本重量である1250kgに対し、現在はBoP(バランス・オブ・パフォーマンス/性能調整)の50kgと、さらに今季より適用される速度抑制策の追加重量50kgが載り、合計1350kgの重量級とされているが、この点に関しても今後は全体のメンテナンス性とともに軽量化の項目にも目を向けていきたいという。 「他のパイプフレームベースのGTA-GT300車両は、おそらくバラストを積んでその重量に合わせていると思うのですが、ウチの場合はバラストなしでその状況です(笑)。現状は特別性能調整や速度抑制のための性能調整があるので、他のクルマと同じ土俵に上がれています」 「今のマシンは耐久性に振ったモノ作りにしてあるので、肉厚もあまり攻めずにオーバーキャパシティになっていて、軽量化を目的としたパーツ作りはしていません。なので、ここから少し『ココはもっと落としても大丈夫ですよね』というところで、肉抜きや軽量化をしていく方向になるので、シーズンオフはそんな作業に費やされるかなと思っています」 クラスでは初の試みとなった“量産モノコックありき”のクルマ作りだが、こうした難しい状況のなかでも次なる課題やテーマに対し、大きな伸びシロのあるGTA-GT300規定ならではの「面白さはある」と断言する。 「実はSUGOのクラッシュで、メンバーがギュッとねじれて潰れたのですが、直すときに感じたのは『思っていたよりも強いな』ということです。ですので、レイアウト的にはメンバーを残すのはツラいですけど……どうでしょうね。それを使用しているからといって、とんでもなくネガティブなクルマになっているかというと、そういうわけでもない」と続ける福田エンジニア。 「量産モノコックを使用したので重量増には繋がっているのですけど、逆にそこでパフォーマンスを出せる、というところに重きを置いてやる方が、ざっくりと面白い。そこは今回、このクルマをやることによって明確にしていきたい部分です」 「ガラパゴスで、台数が少なくて、日本でしかやっていないという、パイプフレーム優位のGTA-GT300もそれはそれでいいと思いますし、そこで『モノコックを使うのもアリ』という方向に認識が変わっていけば、メーカーさんも『推していける』といいますか……」 「あとはエアロの縛りで登録年1回(カナードとリヤウイングは年1回の変更が可能)などもあったりするので、そのあたりでいかにCFD(数値流体力学)や7ポストリグなどを活用してコストを詰めていけるかですね。市販車モノコックでどこまでいけるかは、それはそれで面白いですし、さらにGT3との性能調整もうまくいけば、他にも『作りたい』というチームが出てくるのかなと思っています」 [オートスポーツweb 2024年11月28日]
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