「気遣い下手」には絶対にわからない…伝説の作家が「ゴルフ初心者の編集者」にそっと伝えた"大人のひとこと"
『週刊現代』誌上で14年間続いた作家・伊集院静氏の人気連載をまとめたエッセイ集「大人の流儀」シリーズ。一見強面で、人情があって、実は気配りの人……連載最後の5年間、担当した編集者がその魅力ある生き方を語る。 【この記事の画像を見る】 ■「伊集院だ!」と怒鳴られた 伊集院静先生の『大人の流儀』は『週刊現代』の連載をまとめたエッセイですから、雑誌掲載時の主な読者は男性です。が、単行本になると読者の半分は女性なんですね。特に60代70代の、大人の女性に人気がありました。 先生の担当をしたのは2018年からの5年間で、結局、お亡くなりになるまで担当したことになります。まだ入社2年目で、担当になるとわかったときは、正直、怖かったですね。 よく先生から編集部に電話がかかってきますが、自分が担当になると思っていなかった頃に電話に出るといきなり「もしもし、田之上に代われ」と言われる。田之上というのは先々代の担当編集なのですが、「すいません、どなたですか?」って聞き返すと、「伊集院だ!」と怒鳴られる。編集者なら声だけでわからなければいけないわけです(笑)。 ■「あのときああいうふうに打ったよな」他人のゴルフスコアを把握 ですから当初は緊張もしましたが、実際に接してみると、怖いというより、「何かこの人は、普通の人とは違うな」って感じでしたね。というのも、とにかく尋常じゃなく記憶力がいい。そしてその記憶力と関係するのですが、周囲の人々に対して本当にきめ細かな気遣いをされる方でした。 ゴルフを4人で回っていると、他の人が何打打ったか全部覚えているんですよ。先生は記録なんかつけないんですけど「あのときああいうふうに打ったよな」と場面まで覚えて声をかけてくれるんです。私などは自分のことで精一杯なのに、あの記憶力と気配りには驚かされました。
■プレゼントは「なぁなぁでやるなら贈らないほうがまし」 冠婚葬祭とか、プレゼントにもすごく気を遣われていた。銀座のクラブの何周年記念でみんなが花を贈るときなどには、お店に胡蝶蘭の鉢植えがダーっと並ぶのですが、その中にひとつだけ見慣れない花がある。名前を見ると伊集院静と書いてある。その花はお店のママさんがお好きな花で、それを憶えていて、ほかとは違う花を贈っていたんです。かっこいいですよね。 先生はよく「結局、なぁなぁでやるなら贈らないほうがまし」と言っていました。亡くなったあとで、先生が歌詞を提供したことがある歌手のマッチ(近藤真彦)さん(1981年の大ヒット曲「ギンギラギンにさりげなく」は伊達歩の名で伊集院氏が作詞)とお話しする機会があったのですが、マッチさんも「(伊集院さんは)プレゼントに気を遣われる方だから、逆にこっちから何を贈るか考えるのが大変だった」とおっしゃっていました(笑)。 ■「これはうまい」を見逃さない 私も先生の誕生日には贈り物をしました。先生は犬を飼っていらしたので、犬用のタオルなどを贈っていたのですが、全然、反応ないんです。でも一度、先生と食事をしたときに「これはうまい」とおっしゃっていたワインのラベルを憶えていて、そのワインをお贈りしたときだけ、本当に喜んでお礼の電話をくださった。こちらが相手の好みをちゃんと憶えていて何かを贈ったときには、明らかに反応が違うんです。 人間、通り一遍のことをしているとどんどん忘れると思うのですが、先生は常に緊張感があるというか、集中しているからいろんなことを憶えているんですね。ご一緒していると、何か気持ちが見透かされているように思えることがありました。