会社に壊されない生き方(5) ── 物質優先の生活の先に幸せはあるのか
THE PAGE
「会社員時代より幸せ『ダウンシフト』という選択」(連載第2回)で紹介した高坂勝さんのように、都会の過重労働生活を脱して、農業に主軸を置いた生活をしたい、と考える人もいるだろう。だが、いざ実行しようとした場合には、農業の知識やノウハウをどう得るか、どこに住めばいいのか、そのための情報をどこで収集するのか、といった数々のハードルがある。都会生活から農へのシフトの実際について、2012年に東京都から神奈川県相模原市に移住し、農に主軸を置いた生活を送る島崎和志さん(53)と妻の晴美さん(44)に聞いてみた。 会社に壊されない生き方(2)会社員時代より幸せ「ダウンシフト」という選択
40品種を栽培する自然農法とヨガ教室
トンボが飛び交う初夏の夕暮れ近く。目の前に広がっている畑には、作物とともに雑草が結構茂っている。手入れが行き届いていないわけではない。 「雑草があることで、土の湿度や生態系を保つことができます。抜いてしまうと生態系のバランスが崩れやすくなり、たとえばある虫が大発生してしまうことだってあります。ただ、作物によって好む条件が異なりますから、ある程度雑草を取る場合もあります」と和志さんは説明する。 自宅は、JR中央本線相模湖駅から徒歩10分。築44年の2階建5LDKで、敷地内には2つの倉庫と車2台の駐車スペース、それに庭がついて家賃6万円。島崎さん夫婦と猫4匹が住む。付近にある計6反の畑では、地元で代々育てられてきた「津久井在来大豆」をはじめ約40品種を栽培。肥料や農薬を与えずに作物を育てる自然農法を実践する。 加えて、『おだやか家』という屋号で、大豆の栽培から収穫、味噌・きな粉などへの加工までを実体験するイベント「だいずのいのち」や、自然農法の手法を教える「農力アップ講座」、晴美さんが講師のヨガ教室や料理教室などを実施している。
衣食住のすべてを他者に依存する暮らしのもろさ
夫婦はともに、東京生まれの東京育ち。東京にいたころ、和志さんはイベント設営・進行管理およびプロドラマーとして、晴美さんはヨガスタジオで働いていた。私生活では、食べ物を少しでも自給したいという思いを夫婦で共有。区民農園を借りて作物を育てたり、稲作に取り組むグループに加わったりするなど、すでに農業に心は傾いていた。 本格的に農にシフトするきっかけは、2011年の東日本大震災。2人は、衣食住をすべて他者に依存する暮らしにもろさを感じ、東京を離れて田舎暮らしを始める決心を固める。 知人とのつながりから山梨県都留市、神奈川県相模原市で物件を探し、最終的には相模原市で知り合った人の紹介で市内の一軒家に落ち着いた。和志さんは、「この辺は、紹介が強いんです。たとえば、地元の人がある物件を紹介してくれた場合、その人への信頼感から家主はこちらの名前も聞かずに貸してくれるようなことがあります。逆に、人の紹介なしに『この家を貸してもらえませんか』と言っても、なかなか貸してくれません」と話す。そうした物件は、おそらくインターネット上にある賃貸住宅の検索サイトではなかなか見つけらないのだろう。 地元の人的ネットワークとつながるには、「とにかく現地に足を運ぶしかない。ウェブでもきっかけくらいは探せるが、究極は人です」と、和志さんは人と人との直接のふれあいの大切さを強調する。畑も地元の人の紹介で見つけ、栽培する津久井在来大豆の種も地域の農家の人にわけてもらったというから、地域とのつながりは、都会からやってきて農業をやっていくにあたって成否を大きく左右しそうだ。