【GQ読書案内】芸術の秋──音楽にまつわる6冊
編集者で、書店の選書担当としても活動する贄川雪さんが、月に一度、GQ読者におすすめの本を紹介。今月は音楽がテーマ。 【写真を見る】音楽にまつわる6冊をチェック!
芸術の秋ということで、11月は音楽をテーマにしたおすすめの本、好きな本を紹介していきます。
台湾で話題となった音楽小説
クオ・チャンシェン『ピアノを尋ねて』(訳=倉本知明、新潮社) 音楽をテーマとした小説や物語は星の数ほどあるので、今回は比較的新しく刊行されたものの中から一冊を紹介したい。台湾の小説家クオ・チャンシェンさんの『ピアノを尋ねて』は、ピアノをめぐって展開されるやや風変わりな物語だ。2020年に発表されると台湾の主要な文学賞を総なめにし、ある小説家からは「聴覚小説」と評されたという。 主人公は、天賦の才能を持ちながらピアニストの夢破れた中年の調律師の男「わたし」だ。再婚した若い音楽家の妻に先立たれた初老の実業家「林(リン)さん」と出会い、彼の自宅に残されたスタインウェイの調律をめぐって、二人の人生は交錯する。そして、中古ピアノの販売事業を共に起こすことにした二人は、ニューヨークへと渡るのだが……。本書のテーマは孤独や老い、挫折であり、ところどころに挿入されるシューベルトやリヒテル、グールド、ラフマニノフといった巨匠音楽家たちのいくつもの悲哀に満ちたエピソードが、「わたし」が抱える孤独に並走する。 中年の調律師が自分の過去に向き合い直し、その先にたどり着いた景色とは。ピアノを通して、生きることから生じる痛みとその受容を描き出す、とても不思議な読後感の小説だった。
ピアノの起源をたどる旅
総合監修=坂本龍一『ピアノへの旅(コモンズ・スコラ 音楽の学校 第18巻)』(共著=上尾信也、伊東信宏、小室敬幸、アルテスパブリッシング) これだけさまざまな楽器が存在するにもかかわらず、楽器といえばピアノというぐらい、ピアノは私たちに身近な楽器である。本書『ピアノへの旅』は、2023年3月に逝去した作曲家の坂本龍一さんが総合監修をつとめる、ピアノの歴史を旅する一冊だ。坂本さんが3歳から日常的に触れてきたピアノの起源と、近現代のピアノ曲をテーマに、共著者たちとの会話を繰り広げる。そして巻末には、その中で取りあげられた楽曲の音源ガイドとプレイリスト(SpotifyとApple MusicのリンクQRコード)も収められている。 「第18巻」なのは、2008年から2018年まで刊行されていた、坂本さんが監修した17巻の音楽全集「コモンズ・スコラ」(スコラはラテン語で「学校」)に続くリニューアル版第一弾として、2021年に出版されたから。「はじめに」には「僕は楽器の『旅』に興味があって、ピアノ以外にも琵琶の旅。尺八の旅、三味線の旅、ハープの旅など、考えはじめたらとまりません」という坂本さんの言葉が。続編を読んでみたかった。 「音の持続する楽器」ではなく、「作曲家もピアニストもわざわざ音が消えていってしまうピアノを選んで、何百年もその減衰に抗おうとしつづけている」。本書ではこんなふうに、ピアノの儚さやそれゆえの魅力がとても鋭く美しく言葉にされていく。ピアノを弾く人、ピアノ曲を愛する人に、ぜひおすすめしたい。