【GQ読書案内】芸術の秋──音楽にまつわる6冊
無双のロックミュージシャンの詩集
チバユウスケ『チバユウスケ詩集 ビート』(HeHe) 歳を重ねるなかでどうしようもないことだけれど、この数年、愛聴していた音楽家の訃報を聞くことが増えている(再結成、と聞けたこともあるけれど)。そしてそのたびに彼らの音楽を聴き直し、多感な時期に出合った音楽やアーティストたちが自分に及ぼした影響の大きさを再認識してしまう。 チバユウスケさんはまさにそんなアーティストの一人だ。thee michelle gun elephant、ROSSO、The Birthdayなど数々の名バンドで活躍し、2023年11月に永眠された。この『チバユウスケ詩集 ビート』は2008年、40歳を機に刊行された詩集で、チバさんの逝去後の2024年2月に復刊した。1993年から2008年までに書かれた213曲の中から、自らセレクトした121篇の歌詞が収録されている。詞に寄せたコメントや、スケッチブックに描いたイラストや手書きの歌詞なども併せて収録し、チバさんの楽曲と詞の世界観がぎゅっと凝縮されている。 「あとがき」がとても沁みるのだ。2007年のツアー中に亡くなった父親の回想から、「自分もいつか死ぬんだなって強く思った」「生きてるうちに詩集を出そうと思った」そして「この先死ぬまでギター弾いて歌いたい」と綴られている。実際に亡くなってしまった今、その言葉はとても胸を締めつける。「この本を通して何を感じてほしいか」「ぜひおすすめしたい」という以上に、非常に個人的な想いから選んだ本だ。
音楽を通した真摯な対話
ダニエル・バレンボイム、エドワード・W・サイード『バレンボイム/サイード 音楽と社会』(編=アラ・グゼリミアン、訳=中野真紀子、みすず書房) 『バレンボイム/サイード 音楽と社会』は2004年(原著は2002年)の刊行後、今年5月に復刊された、世界的な音楽家と批評家による対話集である。 ダニエル・バレンボイムは、1942年にブエノスアイレスに生まれたユダヤ系イスラエル人の指揮者・ピアニストで、イスラエルのパレスチナ占領に批判の声を上げ続けていることでも知られる。一方エドワード・サイードは、1935年にエルサレムに生まれカイロで育ったパレスチナ人の批評家・文学研究者で、文学や音楽、哲学、政治に精通し、日本でも著作の読者が多い。1990年代初めにロンドンのホテルのロビーで偶然出会った二人は友情を厚くし、1999年にユダヤやパレスチナの問題を音楽でつなぐ試みとして、対立を続けるイスラエルとアラブの若い演奏家たち、そしてドイツ人音楽家たちを集めてオーケストラを結成。共に音楽やそこから派生する問題を学ぶ「ウェスト=イースタン・ディヴァン・ワークショップ」を行った。 本書で二人は、そのワークショップを含め、グローバリズムと土地、アイデンティティの問題、ベートーヴェンやワーグナーといった音楽家たち、本当に人を感動させる音楽とは何か、自分にとっての本拠地とは、など音楽と社会をめぐって対話を繰り広げる。原題は『パラレルとパラドックス』で、複雑な文化背景と生まれた場所、移動、音楽、問われ続けるアイデンティティなど、対位的でありながらも重なり、強く共鳴する二人の関係をうまく表現している。 この対談を読めば、現状の解決への糸口を得られるというわけでは当然ないし、音楽が根深い民族や宗教の問題を解決するなんて楽観的なことはやはり言えない。しかし、音楽あるいは音楽以外でも、文学やその他の芸術などの共通言語を通した対話が、人と人との関係性を進展させる可能性はありうるのではないか。重く考えさせられた。