【GQ読書案内】芸術の秋──音楽にまつわる6冊
パンクの本質を考える
川上幸之介『パンクの系譜学』(書肆侃侃房) パンクと言われると、刺々しいスタッズだらけのライダースジャケットを着て、破れた細身のパンツと厚底のブーツを履き、髪は逆立てられ、顔に無数のピアスが刺さった演奏者が奏でる、ガチャガチャと騒がしい音楽を思い浮かべるかもしれない。しかしそれは、パンクのごく小さな一面に過ぎない。 『パンクの系譜学』は今年3月に刊行され「日本人によるパンク論の決定版」と話題になった一冊である。著者は、現代美術やポピュラー音楽の研究者の川上幸之介さんだ。誤解がないように書いておくと、本書はパンクバンドの系譜について書かれた本ではない。音楽以外も含む広義のパンクを、強い社会運動体として捉え直し、それがどのように文化を用い、どんな状況を変えようとして展開されたのかを、歴史を追いながら検討するものである。 パンク研究では、「西洋の白人男性を対象にしたものに比べ、文化的に周縁に位置付けられてきたジェンダー、クィア、人種、アジアに焦点を当てて研究をしたものは圧倒的に少ない」という。だからこそ本書は「パンクを通して全ての人々が自己を肯定でき、それぞれの持つ可能性が開かれる社会を作ることに与する」ために書かれ、そのために「周縁のシーンを中心に取り上げ」ているという。「はじめに」2行目にして川上さんが掲げたこのアジテーションが、すでにパンクを端的に表現していて、とても刺激的だ。 音楽とは決して耳に届くものだけを指すのではないし、そしてパンクとは音楽の一ジャンルにとどまらない芸術であり思想であり生き方なのだと、この本は教えてくれる。
記録媒体にとどまらない存在
田口史人『レコードと暮らし』(夏葉社) 最後に、音楽の記録媒体にまつわる本を紹介したい。著者の田口史人さんは90年頃から音楽ライターとして活動し、2003年から高円寺のレコードショップ「円盤(黒猫)」(2024年に閉店し滋賀県彦根市へ移転)の運営や、全国各地での出張トークをしてきた。『レコードと暮らし』は、トーク会でかけるレコードについて書いた自主制作冊子を、書籍としてまとめたもの。タイトル通り、レコードと、そのレコードが発売されていた当時の暮らしや日常、レコードを愛でる人々をまなざした、味わい深いエッセイ集である。 日本のレコード文化はかなり特殊だという。50年代から80年代の主流な音楽媒体だっただけではなく、企業の宣伝用や学校の卒業記念品、教育用、政治宗教等のプロパガンダ用など、さまざまな目的で「音楽を売るために作られたのではないレコード」がたくさん制作されている。また、ペラペラのソノシート、チラシのようなフォノカード、豪勢なピクチャー・レコードなど、音楽を販売するためだけなら不要な形態も数多く開発されたし、たった2曲しか記録できないシングル盤を量産し、ジャケットも当然毎回デザインする。そして、決して安くはないのに、選ばれた裕福な階級だけでなく、たくさんの生活者がレコードを自主制作していた。いかにレコードが身近な存在だったかがうかがえる。 田口さんが一枚一枚に寄せる言葉はあたたかく、当時の人々がレコードという「物」に抱いている感情や熱量、「物にありったけの自分の気持ちを込める」姿勢に触れ、こちらまで熱い気持ちにさせられる。そして最後は「音楽データから伝わってくる『情報』からは、非力な個人の虚勢ばかりが伝わってきてうんざりします」そして「レコードが生き生きしていた時代に感じる慈しみの気持ちを持って暮らしたい」とつづられる。「音楽データ」を「テキストデータ」に置き換えても同じ。本屋であり文章を書いている者としても、考えさせられた。