あの日から2年2ヵ月――遠藤哲哉が閉じたフタを開けて向き合う青木真也戦と、中嶋勝彦【週刊プロレス】
みんなが寄り添ってくれるからこそ自分からは触れられなかった
――そこまでいきながら踏みとどまることができたのは、何によって支えられたんでしょうか。 遠藤 それはもう本当に、ファンの方の声だったり自分の両親の存在でした。具体的にそこで何かを言われたわけではなかったんですけど、自分がプロレスラーになるって言い出して東京に出る時、言葉にしたら「頑張れよ」ぐらいしか言われなかったんですけど、その言葉を思い出したんです。そこに託された親の思いがあるのに、自分の意思だけでプロレスをやめるなんてできないだろと。ファンの方からもSNSを通じて応援の言葉をいただいて、こういう存在があるからプロレスラー・遠藤哲哉がやれているんだ。なのにやめるっていうのは、一番の裏切りじゃないかって思ったんです。 ――そこで気づけて、本当によかった。 遠藤 はい。気づかなかったら今、やっていないですね。 ――現状から逃げ出したいとまで思ってしまうほどのシンドさも、リング上の姿を見る限り他者にはわからないものです。今回、語っていただいたことで伝わりました。 遠藤 今でもそのシンドさは続いています。ほかの実績で埋めようとしたって言いましたけど、やってみたらタッグのベルトを獲ってもそのシンドさは埋められなかった。もちろん、飯野と一緒に獲れたのは嬉しかったしやっていて楽しかったけど、それによってあのことで負った負のメンタルが解消されたわけではなかった。もう、一つしかないんですよ、その方法は。中嶋勝彦選手と試合をして、その先に待っているもので埋めるしか。でも、それもあくまで“埋める”であって、なかったことにはならない。あの記憶は僕とそのファンの方の中に残り続ける。だけど、リベンジすれば少しでも払拭することができるんじゃないかって。 ――今回、青木選手が口にするまではその話題を出すこと自体がタブーのような空気になっていました。それは遠藤選手自身も感じましたか。 遠藤 みんな、僕に寄り添ってくれているんだなって感じていました。だから気を遣ってもらっている手前、自分の方から触れるのも申し訳ないなという思いもあって。そこで自分から切り出すぐらいの強さがあればよかったんでしょうけど…うーん、触れられなかったッスね。そのまま今までズルズルと引きずってきてしまった感じです。 ――逆に考えると、それを2年以上声高に言わなかったのもシンドかったでしょう。 遠藤 そうでしたね。それをこのタイミングで口にしたんですから、中嶋勝彦戦を実現させる前提で動いたということです。今の向こうの状況を考えるとハードルはあると思いますけど、同じ日本のプロレスのリングなんで僕は不可能ではないと思っているしこの前、DDTとGLEATで交流戦もやっているので。青木選手に勝つこととベルトを獲ることの両方が次につながると思っています。 ――青木選手もGLEATのリングで中嶋戦を要求しています。対戦相手としても、言うまでもなく青木真也は一筋縄ではいきません。 遠藤 青木選手が中嶋選手とやりたいっていうのは「俺だったらフタをしない」が動機なんですよね。それに対し僕は、遠藤哲哉が中嶋勝彦とやるから意味があると思っているので、それなら直接闘って勝ち獲るしかない。この前のタイトルマッチも、上野が防衛を重ねてきてチャンピオンとしてのものを確立してきたところでしたから、あそこは青木選手が勝つということが一番のサプライズだったと思うんです。僕は上野が勝って、DDTらしいハッピーエンドで終わると予想していた。上野がチャンピオンになってそういう風景に見慣れている中で、サプライズを起こしたのが青木真也だった。その意味でも普通に終わらせない人。 ――過去に1度シングルで対戦していますが、この時は敗れています(2018年12月15日、名古屋市中スポーツセター、D王GP公式戦。青木がフロント・ネックロックでレフェリーストップ→TKO勝ち)。 遠藤 当時はまだプロレスを始めたばかりで今ほど適応していなかった印象が残っています。だからといって油断していたわけじゃなく、相手を探りつつ試合していながら自分の隙が生まれた一瞬に決められて、気づいたら負けていたっていう記憶です。今の青木選手を見ると、かなりプロレスに適応してきている。上野との試合でも外飛び(トペ・スイシーダ)もやりましたし。それを踏まえて、青木選手に合わせすぎなければ勝てるイメージはあります。 ――上野選手は戦前、包み隠すことなく青木選手に対する怖さを口にしていました。 遠藤 もちろん、それは僕もありますよ。前回、隙が生まれた瞬間に決められたって言いましたよね。それは集中力が途切れた隙間に極めてくることだと受け取られると思うんですけど、実際にはプロレスラーって集中が途切れる瞬間ってないんですよ。 ――確かに気を抜くことさえしなければ、集中は持続していることになります。 遠藤 青木選手は、その途切れる瞬間がないにもかかわらず隙を作り出して極められる。そこが怖さなんです。だから前回の負けは「気づいたら」という印象しか残っていない。 ――怖さという点においては中嶋選手と向き合うことでそれを経験したので、質こそ違えど青木選手に対する怖さに向き合えますよね。 遠藤 はい。その点においては、自分にとって本当に勝負の一戦であの時の経験が生かされることになると思います。このテーマを乗り越えなければ、先に進めない…後楽園で、飯伏さんに「プロレス好きですか?」って問いかけたじゃないですか。ちょっと沈黙があって「好きだよ」って言ってくれたけど、飯伏さんは60%だと。自分もたぶん、今それぐらいなんですよ。飯伏さんは楽しさが足りないっておっしゃっていましたけど、自分は中嶋勝彦選手を倒して100%に届くんだなと。 ――100楽しめない状態で2年間、プロレスと向き合っていたんですね。自分が好きだと思ってずっと続けてきたものを、100楽しめないっていうのは…。 遠藤 でも、それも自分が招いたことですから。100%プロレスが楽しいって言えるようになるための青木戦であり、中嶋選手へのリベンジなんです。 ――もう一度、中嶋選手の前に立つ踏ん切り…覚悟はできているんですね。 遠藤 できています。中嶋勝彦という名前を出したのであれば。
週刊プロレス編集部