次世代パジェロに向けた試金石か 三菱自動車、トライトン投入の真意
三菱自動車工業(以下、三菱自動車)が12年ぶりに国内で復活させたピックアップトラック「トライトン」。その販売が好調だ。日本では需要が小さいピックアップトラックにあえて力を注ぐ同社の狙いはどこにあるのか。秘密を解き明かすと、往年の名車「パジェロ」で築き上げた“強い三菱”のブランドイメージを再び現代によみがえらせることを試みる、同社の深謀遠慮が浮かび上がった。 【関連画像】2024年2月に国内市場に復活した三菱自動車工業のピックアップトラック「トライトン」 三菱自動車は2024年2月、積載重量1tのピックアップトラック「トライトン」を国内市場へ再び投入し始めた。日本市場でピックアップトラックはニッチな存在ということもあり、月間の販売目標台数は200台と控えめだ。しかしながら既に約1700台以上を受注しており、好調なスタートを見せている。タイで生産し、車体を輸入する体制をとる。 トライトンは、1978年に発売したピックアップトラック「フォルテ」をルーツとするモデルで、2005年に初代が登場。日本では06年から11年の間に販売したが、その後撤退。当時300万円以下という価格は市場で評価された一方で、搭載するのがディーゼルエンジン車ではなくランニングコストがかかる3.5Lのガソリンエンジンであり、しかも4速オートマチック(AT)車に限定していたことが販売不振の原因だったとされる。結果、国内販売総数は約1400台にとどまった。 世界的なディーゼル規制の嵐が吹き荒れたこともあり、トヨタ自動車(以下、トヨタ)も04年に「ハイラックス」の国内販売を終了。ピックアップトラックという存在そのものが日本市場から消えた。 潮目が変わったのは17年だ。8代目ハイラックスをトヨタが再び国内導入を再開し、ライバル不在の中、月販平均1000台ペースで販売。国内でも一定の需要があることを受けて、三菱自動車も後を追ったといえる。 ●消えた“強いパジェロ”ブランド ニッチな存在である点は以前と変わりないが、ハイラックスが5人乗りの「ダブルキャブ」仕様に絞り、多目的な使い勝手を重視したことで個人ユーザーの拡大に成功。ピックアップトラックは、数は少なくとも安定したセールスを記録するようになった。ただ三菱自動車が新型トライトンの国内販売を再開したのは、単に“二匹目のドジョウ”を狙っただけではない。その裏側には、同社の社内事情が見え隠れする。 それは、三菱ブランドを象徴するような車種が不在という問題だ。同社は現在、多目的スポーツ車(SUV)を中心に車種を展開しているものの、強烈な存在によるブランドアピールができていない。 以前の三菱といえば、ラリーで活躍したクロスカントリー車「パジェロ」がブランドを象徴する存在だった。1982年に登場すると、83年に「パリダカールラリー(パリダカ)」に初出場し市販車無改造クラスで優勝。84年には総合3位となり、85年には日本車初となる総合優勝も果たした。 その立役者が、2024年3月18日に亡くなった篠塚建次郎氏である。三菱自動車の社員ドライバーとして1986年からパジェロのハンドルを握ってパリダカールラリーに参戦し、97年に日本人として初となる総合優勝をなし遂げて日本中を沸かせた。その実績はパジェロの販売増をもたらし、「三菱といえばパジェロ」というイメージの形成に成功した。 以後、パジェロをはじめとする三菱自動車の各車種は日本のみならず世界からも愛される存在となったが、2009年に三菱自動車が全てのモータースポーツからの撤退を表明して「ラリーの三菱」という看板を下ろすと、呼応するようにパジェロは販売不振に陥った。19年に国内市場向けのパジェロの製造を終了し、21年には海外市場向けの生産も終えた。同社のフラッグシップであり、ブランドのアイコン的存在だったパジェロが世の中から消えたことだけが理由ではないが、くしくも以後三菱自動車は販売不振に陥った。 現在三菱自動車の主力車種は、SUVの「アウトランダーPHEV」と、日本唯一のクロカン(クロスカントリー)系ミニバンである「デリカD:5」だ。いずれも本格的な四輪駆動(4WD)車だが、アウトランダーはプラグインハイブリッド車(PHEV)という点からパジェロとはキャラクターが異なり、デリカD:5もパジェロとは異なる前輪駆動車ベースの4WDシステムを採用する。いずれも技術的には熟成の域に達しており性能も優れているとはいえ、かつての「タフな四駆の三菱」というイメージはなく、SUVのライバルを出し抜くような目新しさや強烈なインパクトを訴求できているかといえば正直そこまでではない。 つまり、パジェロの実質的な後継車といえるような強烈なインパクトのある車種が同社には求められていたのだ。そんな中で決めたのが、今回のトライトンの日本再上陸だった。経営の立て直しが待ったなしの同社にとって、ブランド復権に向けた号砲を意識しての決断だったことは間違いない。 とはいえ、三菱自動車はイメージ回復に向けて下地づくりはしてきた。悪路走破性で定評のあるミニバンであるデリカD:5の世界観を軽自動車で表現した「デリカミニ」を投入し、ヒットさせたのがその象徴だろう。