作品が重なり合って一つの音楽のようになる、フィリップ・パレーノのインスタレーション|青野尚子の今週末見るべきアート
《暗転(ボルダーズ・ビーチ)》という作品は一枚の絵画だが、蛍光インクが使われていて照明が変わると画面が変化する。ペンギンの群れと岩が描かれていて、岩にはときおり「Welcome to Reality Park」、リアリティの園へようこそ、といった意味の言葉が現れる。 「この作品は南アフリカのボルダーズ・ビーチにペンギンを見に行ったときに着想したもの。ペンギンの群れの中に入っていったら、僕が一人でペンギンの公共の場に入り込んだような気がした。自分とは別の社会に入っていくような感じだった。つまり『Welcome to Reality Park』とはペンギンにとってリアルな場ということになる。アルゼンチンでは野生のペンギンにスピーチをしたことがある。他に人間は誰もいないところで1時間半ぐらい話をした。そのときもたくさんのペンギンがすぐ近くにきて、ちょっと怖くなった」
《暗転(ボルダーズ・ビーチ)》と同じ展示室にある《どの時も、2024》にはコウイカが登場する。犬や猫と違ってイカはそれほどものごとを考えていないような気がするが、決してそんなことはない、とパレーノはいう。 「コウイカは本当はとても賢い、高度に発達した動物なんだ。体内のあちこちに脳があるようなつくりになっていて、ニューロン(神経回路)が張り巡らされている。とくに触覚は鋭くて、皮膚の色を変えてコミュニケーションをとっている。たとえば『岩』という言葉は岩を抽象的な概念に置き換えたものだけれど、コウイカは皮膚の色を変えて岩そのものに擬態することで『岩』という概念を直接的に伝えることができる。言語によらない伝達手段を持っているところに未来への可能性を感じるんだ」
マルセル・デュシャンの作品に「A Guest + A Host = A Ghost」というものがある。「ゲストとホストを足すと幽霊になる」といった意味だ。 「見せる人と見る人、仕掛けるものと受け取るもの、ゲストとホスト、その二つがあって初めて一つの形が生まれる。ここでいう形とは物理的なものではなく、それを見る人の頭の中に残るイメージや考えのことだ。何かを指差したときに、指を差したその先にあるものよりも、指を差す行為そのもののほうが重要だと思う。こうやって何かに目を向けさせることがアートなんだ」