作品が重なり合って一つの音楽のようになる、フィリップ・パレーノのインスタレーション|青野尚子の今週末見るべきアート
今回の個展ではとくに順路は定めていない。上記で紹介した順番でなくても、好きなところから見ていくことができる。 「一つの部屋だけではなく、展示全体で一つの大きな曲としてとらえることも可能だ。展示には始まりも終わりもないし、一度通ったところにまた戻ってきてもいい。直線的な見方は規定していないし、どのような組み合わせで見てもそれぞれの見方ができる。《マリリン》もループしているし、室内が暗くなったり明るくなったりするけれど、どちらが先でも後でもかまわない」
すでに何度も言及している《マリリン》は彼の代表作だ。これはマリリン・モンローが映画「七年目の浮気」を撮影する際に滞在していたニューヨークの高級ホテル「ウォルドーフ・アストリア」のスイートルームを舞台にしたもの。が、パレーノはマリリン・モンローに特別な思い入れがあるわけではないという。 「僕自身はとくにモンロー個人のファンというわけではない。この映像作品はあるときに偶然、マリリン・モンローの日記を見つけたことがきっかけになっている。その日記を読んで、彼女はメディアが作り出したイメージによって死に追いやられたのだ、と思ったんだ。本人のパーソナルイメージと、メディアによるイメージとの乖離に興味を持った」
映画の発明以前、19世紀のヨーロッパで流行した「ファンタスマゴリア」という演出が《マリリン》のインスピレーション源の一つになっている。幻灯機を使って舞台上に幽霊を出現させる、といったショーだ。 「降霊術のようにステージで死者が甦ったように見えたことだろう。《マリリン》ではそれを現在のテクノロジーを使って再現しようとした。マリリンの声はデジタルで再現されている。これを試みたのは僕が初めてだと思う。彼女の手書きの筆跡も機械でコピーできるようにした。カメラはマリリン自身の視点をトレースしている」
《マリリン》ではナレーションや手書きの文章が同じ内容を繰り返しているように見えるが、実際には内容は少しずつ変化している。 「作品の中でホテルの部屋に戻ってきたマリリンはその瞬間の中に捕らえられてしまって、抜け出すことができない。時間的にも空間的にも泡の中に閉じ込められているような感じだ。それが永遠に続く、その悲しさも表現されている」